2024.01.20

【ART WALK KYOTO_2】アートの世界、その周辺を巡る話。小さな京都を、巡りながら考えてみた。(前編)

2022年度に実施された「文化庁移転記念事業をめぐる『ART WALK KYOTO』(主催:京都市)。
同事業で読み物としてお届けしたおすすめコースを再掲載しています。



京都駅前(ウォーホル・ウォーキングのチェックポイント) ※2023年2月まで



「京都市内を巡りながら、アートをテーマに語ってもらえませんか?」それ以外のお題はなしで、京都のアートに深く関係する3人にお願いしました。引き受けてくださったのが、研究者・アートディレクターの石川琢也さん。KYOTO EXPERIMENT 共同ディレクターのひとり、ジュリエット・礼子・ナップさん。そしてロームシアター京都の広報・事業企画を担当する松本花音さん。ジュリエットさんからの提案もあり京都駅から自転車で移動することに。どんな話が展開されていくのでしょうか?



ジュリエット・礼子・ナップ


KYOTO EXPERIMENT共同ディレクター 



石川琢也

 
研究者 / エクスペリエンスデザイナー / アートディレクター



松本花音

 
ロームシアター京都の広報・事業企画



今回紹介するコース

1 京都市立芸術大学新キャンパス建設工事現場
  京都府京都市下京区下之町

JR京都駅東部エリアにて、2023年10月の開校に向けて新キャンパスの建設工事が着々と進んでいる。https://www.kcua.ac.jp/profile/iten/


2 好文舎 
  京都府京都市上京区油小路通上長者町上る甲斐守町118

2018年にオープンしたギャラリー・カフェ。玄関から座敷へ抜ける間がギャラリーで、京都出身のアーティストによる作品を展示。坪庭が眺められる奥座敷ではあんトーストやコーヒーがいただける。店主厳選のアルコールもチェック。
https://koubunsha.amebaownd.com/



3 ものや 
  京都府京都市北区紫竹竹殿町16
プロダクトデザイナーが店主の古道具ギャラリー。自身の作品や事務所としての機能を持ちつつ、全国からセレクトした古道具も販売。デザイン的思考で選んだアイテムは、プラスチックや廃材利用の珍しいものも多い。
https://monomonoya.theshop.jp/





芸術教育とは? 建設中の京都市立芸術大学の新キャンパスの前で考えてみた。


まずは京都駅近く、建設中の京都市立芸術大学の新キャンパスへ移動し、芸術の教育とクリエイションについて話します。未来の芸術教育の現場を前に、それぞれ教育プログラムに関わっているという共通点もある3人が思うことは?


石川琢也:
普段、芸術教育の現場に身を置いていますが、教育プログラムの良し悪しに関わらず、やる学生はやるなと常々感じます。いまなにが面白いか、アーティストやデザイナーはそうした世の中の空気感を敏感に感じ、表現できる人だと思います。その能力を見せられれば、どの状況でも活躍できると思います。そのため、教育機関は人との出会い、こんな場所でも表現ができるんだという出会いを与える場所であることが大事ですね。それこそ偶然性を提供できる環境が多彩であれば良いと思っています。

松本花音:
京都は、その偶然性が高いですね。

ジュリエット・礼子・ナップ:
京都は、街の規模的に、いろんな分野の人と出会いやすいとよく聞きますね。もう少し大きい規模の街だと、舞台芸術やビジュアルアート界隈の人だけで固まっちゃうこともあると思います。

石川琢也:
回遊性は高いかもしれないですね。アート業界に携わっていない人も、アートに対する寛容性が高いと感じます。お客さんがふらっと訪れられる、それこそKYOTO EXPERIMENT(以下、KEX)とかも幅広いよね。

ジュリエット・礼子・ナップ:
そうですね、KEXでは、実験的な舞台芸術祭を紹介していますが、作品を上演するだけでなく、「Kansai Studies」と「Super Knowledge for the Future(SKF)」という二つのプログラムも2020年から始めています。共同ディレクターである川崎陽子さん、塚原悠也さん、私の3人で作りました。「Kansai Studies」は、関西の地域文化のリサーチを通じて、作品になる前のプロセスを観客と共有するプログラムで、「Super Knowledge for the Future(SKF)」は、アートに限らず、社会問題、政治、歴史、環境など、色んなトピックについて、トークやワークショップを通じて観客と一緒に考えるプログラムです。もしかしたら、こうした試みによってKEXへの間口がより広がったと感じてもらえているのかもしれないですね。

松本花音:
アートに関する寛容性で言えば、まず京都はプレイヤーが多い。古典芸能の実演家も多い京都という土地柄か、とくにパフォーミングアーツが盛んですね。バレエ教室もすごく多い。その反面、観る文化が育っていないのでは、と言われることもありますが…。


松本花音:
例えば京都芸術大学(瓜生山学園)は、アートプロデュースの教育に力をいれている印象がありますよね。素晴らしい取り組みだと思うのですが、その反面、企画やマネージメントだけが目的になってしまうと、つくることのリアルを知らないままになってしまうこともあるので、企画領域と創作現場を両輪で体験することが重要だと思います。

ジュリエット・礼子・ナップ:
あと、色んな公演や展示を実際に見に行って、どこが良くて良くなかったかを自分なりに考えてみるのも大事ですよね。そうしたことを繰り返していると、やりたいことや作りたいものが自然と出てくる気がします。

松本花音:
本質的な目的と、自分の想像力や創作意欲の源泉に立ち返ることが大事ですよね。

ジュリエット・礼子・ナップ:
KEXでは毎年長期と短期のインターンを募集しています。長期インターン研修期間は6ヶ月なので、フェスティバルの全体像が見える。一年に一回のフェスティバルのために、スタッフがどう動いているのかを体験できます。短期インターンは、スタッフの一人として会期中一つの現場で活動する集中型の研修なので、作品への理解を掘り下げることができます。あとは、アーティスト、観客、ボランティア、通りすがりの人など誰でも集えるミーティングポイントを毎年作っているのですが、来年はそこの運営とイベントの企画を学生と一緒にできないかと少し考えています。

KYOTO EXPERIMENT2022 ミーティングポイントでのイベント時の様子


石川琢也:
自分はクラブやライブハウスといった音楽ベニューの研究をしていることもありますが、学生には小さくてもいいから音楽イベントなり、オーガナイズをやってほしい。ミニマムでもひと通りのことがわかるので。サービスやプログラムはリリース後も続いていくけど、イベントは1回で終わるという点が良いんです。ある種の失敗もしやすいし、そこから得られるものがある。京都にはそれを実現できる場所が沢山あると思います。

松本花音:
小さなオルタナティブスペースの存在は重要ですよね。芸術大学の卒業生や関係者が運営するスペースで、在学生が制作したり発表するサイクルが続くといいですね。大学内でも実践できちゃうけれど、学内でやるのと学外でやるのは全然違う。

石川琢也:
なんでもいいんですよね。哲学者のハンナ・アーレントは、著書『人間の条件』において、人間の行いを「labor(労働)」「work(仕事)」「action(活動)」と3つの領域にわけることを提案しています。簡単にいうと「労働」は食べるためのお金を稼ぐこと、「仕事」とは職人的なものづくり、「活動」とは言語的な表現で社会とコミュニケーションすることです。そのなかでもアーレントは「action=活動」がなにより重要と示しています。その「action=活動」ができる機会があるかどうか、それも街の豊かさのひとつです。仕事をしながら作品をつくるのは、京都のほうが良いかもしれませんね。ミニマムでも「action」ができる環境は大事です。


松本花音:
作品をつくりながら芸大で先生をやっている著名なアーティストが京都には多いですよね。そして学生は作品制作のお手伝いとして働くことができちゃう。もしかすると、その恵まれた環境があることで、ひとりで何かを立ち上げようという発想が生まれにくくなっているのかも。ただ、制作のお手伝いという仕事が生活の支えになると思うので、一概に評価を決め付けられないものだなとは思いますが。

石川琢也:
学生時代に教員や友人、さまざまな人脈を駆使して、会いたい人に会いに行くのも大事ですね。それが自身の活動をブランディングする糸口にもつながると思います。それぞれの考え方がありますが、戦略・分析すること自体を無視はできないですよね。例えば、KEXで行われた『TANZ(タンツ)』というパフォーマンスは、ジェンダーレスなものが浸透した今だから表現できた演劇で、もし20年前に行っていれば意味が変わって受け止められたでしょう。これも戦略、分析があってこそ伝えたい本質を表現できた良い例だと思いますし、教育の観点からも学生に知ってもらいたい作品の一例ですね。

フロレンティナ・ホルツィンガー『TANZ(タンツ)』
撮影:吉見崚 提供:KYOTO EXPERIMENT


ジュリエット・礼子・ナップ:
KEXで海外の演目をプログラムする時、ディレクターの3人で考えていることの一つは、その演目を上演することで、若い世代のアーティストが、後にどのような影響を受ける可能性があるか、なんです。それは、即時的ではなく10年後くらいのタイムスパンのことです。それと、演劇、ダンス、音楽、美術、デザイン、建築などジャンルを横断した作品を紹介することもKEXは大切にしています。異なるジャンルがどのように重なり、どのように影響し合うのか。KEXでも日々思考し戦略・分析を続けています。混ぜること、影響し合うことで生まれる新しさ。大学のなかでもそういうことができたらいいなと思います。ダムタイプとかもそうですよね。京都市立芸術大学のなかで違うことを勉強している人が集まり、その話し合い自体が創作プロセスになり作品が生まれた。

石川琢也:
いまは教育現場のみならずコンプライアンスなり制約が様々な分野で増えましたね。コロナはその一つとも言えるかもしれません。そうした中での教育プログラムではダムタイプは作りづらいかもしれない。だからこそ偶発性、場所を提供することが大事ですね。大学構内は異なるジャンルの人に出会いやすく、他愛もない会話が生み出される場所でもあるので、改めて大学の存在とはなにかが問われる時期なのかもしれません。

松本花音:
ロームシアター京都でもそれぞれの年代に向けた教育プログラムをやっています。乳幼児~小学生対象の「プレイ!シアター」で子ども向けワークショップや公演を開催したり、中高生対象の「劇場の学校」では、演出家の岡田利規さんやアーティストの山城大督さんなどを講師に迎えた講座やワークショップを実施しています。たとえば舞踊コースだとバレエをやっている子が多く来がちだったりしますが、先生はバレエダンサーだけではない。ジャンルは同じでも異なる世界や価値観の先生に出会うことで、それまで知ることのなかった表現手法や考え方に若いうちに触れることができる。それが18~20歳になると理解力や洞察力も深まることも相まって、蓄積されてきたものが表現として結実する可能性になりうる。その積み重ねが新しいシーンを生む文脈をつくるかもしれないな、と。

劇場の学校プロジェクト2021 メディア表現コース発表 ©金サジ(umiak)


石川琢也:
「山口情報芸術センター[YCAM](注1)(以下、YCAM)」でもアート・芸術分野の教育プログラムは充実していたのですが、それを教育インフラにできればと思っています。大学はまだ良いかもしれませんが、小中高の芸術分野における教育は教育指導要領の枠組みもあるため、大胆な転換は難しいなと感じています。その意味ではロームシアター京都やYCAMといった義務教育現場の周縁でのアクティビティは興味深いです。





京都芸術の深淵はいずこ。京町家の坪庭を借景にさらに考えてみた。


堀川通りを北上し坪庭のある古民家ギャラリー好文舎へ。続いてはこちらの奥座敷へとお邪魔し、京都の文化芸術の話に。住むところ、お金、観光など、話は奥の奥へと分け入っていきます。



ジュリエット・礼子・ナップ:
この近くにある「堀川団地(注2)」の二階は、アーティストが申請すれば安く借りられるようになっているんです。

石川琢也:
フランスだとアーティストに対するベーシックインカムに似た制度もあり、アーティストが作品を作れる環境の豊富さは世の中の豊かさの指標のひとつだと考えているように感じます。日本はアーティストのみならず個人に対して自己責任が強いられる社会なので、そこまでの寛容さは難しい。でも京都に来て調べてみると、アートに対してのさまざまなサポートがあることに驚きました。

コロナ禍で実施された京都市の文化芸術関係者の方々に向けた支援メニュー一覧
https://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/page/0000272354.html





石川琢也:
ただ相対的に考えないといけない側面もあります。場所をつくって、公募でアーティストを呼ぶだけでいいのか?もしくは助成金の公募を出してアーティストがアプライするだけでいいのか?それは結局、全国で起こっているまちづくりとアートの問題と同じかもしれません。場所をつくって終わりではなくて、ソフトと仕組みが大事ですね。例えば、千葉県・松戸のまちづくりプロジェクトである「MAD City(注3)」。改装可能な家を半径500mに集めて架空の都市をつくり、そこに入居したい希望者が集まる。そうした人と地元住民がDIYなどさまざまな交流が行える仕組みを作っている。京都はまだこの辺に余白があるなとは思います。

松本花音:
京都市はアーティスト誘致にも力を入れていると思いますが、暮らし方を含めた包括したサポートはHAPS(東山 アーティスツ・プレイスメント・サービス)等が担っていますが、それがさらに充実したり広がっていくといいのかもしれませんね。京都市も財政難なので、公共に期待するだけではなく、別の資金獲得方法を考えるような柔軟さはどの組織や個人にも必要な態度だとは思います。

ジュリエット・礼子・ナップ:
2022のKEXでは、京都市の行財政改革による負担金の減額、また、コロナやロシアのウクライナ侵攻の影響もあって、初めてクラウドファンディングをやってみました。多くの人に支援いただいて、今年は何とか乗り越えることができました。本当に感謝しています。しかし、今後もクラウドファンディングを収入の軸としていくかどうかは、検討の必要があると感じています。今回KEXが抱えた収支不足の状況は、フェスティバルの中核的な資金にも影響を与えるもので、今後の運営にも響いてくることが予想されます。こうした中核的な資金を安定して獲得することは、フェスティバルの継続性と長い目でのデベロップメントにはとても重要なため、今後のための様々な方法を検討しています。事業そのものにつく新たな資金でいうと、2022年に始動したジュエリーブランドのヴァン クリーフ&アーペルによるプログラム「Dance Reflections」とKEXとのコラボレーションが挙げられます。2022年のフェスティバルでは、ヴァン クリーフ&アーペルとの共同主催によりアーティストのティノ・セーガルの『これはあなた』(2006年初演)という作品を日本で初めて紹介することができました。このように、一つのプログラムを企業がサポートするかたちは良いと思いますが、公的資金ではないので企業理念とプログラミングの自由が相反しないか注意しておくことも重要です。

石川琢也:
そうした状況だからこそ、やっぱり仕組みや行政デザインが重要だと思います。京都は財政に課題があると言われていますが、実際のところどの程度かわからない。YCAMにいた時、YCAMの刊行物の企画で夕張市長:鈴木直道さん(現:北海道知事)と対談しました。財政破綻したらどうなるのか?気になっていたんです。実際のところ夕張市が財政破綻して10年で小中高の18校が全部で3校に、公園とかもなくなって。山口市が財政破綻したらYCAMは一発でなくなるなと。だからこそ文化がインフラにならないといけないなと当時強く思いました。最初のしわ寄せは文化です。行政サービスは少しずつ削減されていくので変化がわかりにくい。気づいた時にはなにもない状態になるかもなと…。京都は規模も違うので一概には言えないとは思いますが、そうした行政デザインや仕組みにも携えればと考えています。


松本花音:
話は戻るけど、京都市立芸術大学の新キャンパスができると、周りにいろんなお店が増えたりしますかね。

石川琢也:
街の経済循環を考えると、崇仁地域が再開発され、学校が誕生することは、市の選択として正しいようにも見えます。自然なことかもしれないけれど、ただ、あの場所がどのような街になるかはまさにこれからでしょう。ジェイン・ジェイコブズの提言、思想で言えば、スクラップ&ビルドを京都は行わなかったから価値がある。古いという価値はどこの時代で誰がどう価値を見出すかわからないけれど、なくせば価値自体が生まれない。僕自身、あの地域をリサーチできてないので、あまり具体的なことは言えませんが、HAPSなどはそうした取り組みをさまざまなカタチでアプローチしていると思います。その場所にあった文化や風景がまた別のカタチとして立ち上がるといいですね。

ジュリエット・礼子・ナップ:
ある場所が開発されていく過程が過度にビジネス的になると、そこでの文化は面白くないものになっちゃうと思います。例えばロンドン、中心地周辺は家賃が高すぎて使われていないオフィスビルが増えています。イーストロンドンは、高校生のときは面白かったのに、今では観光地みたいな感じで、同じようなデザインのカフェが増えました。京都でも少しずつ同じようなことが起こり始めているかも。一度失くしたものを取り戻すのは難しいですよね。

石川琢也:
それは世界中で起きていることですよね。渋谷も行く度に風景が変わって旅行者ばりに迷います。

松本花音:
京都で言うと街の風景は観光要素のひとつですが、最近、文化芸術の助成金のキーワードとして申請内容に観光要素を加えるように言われることが増えています。その場所へ行ってアートを楽しむこと自体はいいことだと思いますが、観光を促進するためだけのアートには少し違和感がありますね。

石川琢也:
移動するための目的があって、そこにアートが付随する形で存在してもいいかなとは思います。観光が主語ではなくて、体験が大事。その場所ですごいと思う機会を与えられれば必要十分なのかな。まあ助成金の文法のようなものはありますが。


ジュリエット・礼子・ナップ:
KEXでも観光と結びつける取り組みも行っていますが、開催期間が約一ヶ月程度のフェスティバル形式で開催しているため、観光プランに舞台やライブを入れ込むのは少し難しいと感じています。観光を目的にするのであれば、年間を通じて開催している美術館や劇場のプログラムのほうが結びつけやすい気がします。なので、会期中常時オープンしているフェスティバルのミーティングポイントの方が、観光で来ている方にとっては辿り着きやすいだろうなと思います。もしかしたら、それがフェスティバルへの入口となり、次の年のフェスティバルの舞台やライブに来ていただくことになるのかもとも考えています。

石川琢也:
個人的には、その場所に行ったらどんなアートが鑑賞できるのか調べることに抵抗感はないです。僕も旅先を調べる際に芸術関連をチェックしますし、観光先でアートに触れることはそれほど違和感のないことなのかな。職業柄というのもあるのかもしれませんが。

松本花音:
パフォーミングアーツの場合は枠組みの問題が大きいのもあると思います。ずっと同じ演目をやるロングラン公演やレパートリーシアター自体、資金的にも集客的にも余裕のある団体にしかできないから。


ジュリエット・礼子・ナップ:
そうですね。それに関西にはアートイベントを継続的に網羅しているメディアが少ないと思います。国内だとTokyo Art Beat、海外だとTime Outみたいなサイトがあれば、観光に付随してアートを見ようと意識が変わると思います。

松本花音:
そういう情報サイト、いろんな人がチャレンジはしているけれど、結局はお金がないという問題に直面しているように聞きますね。

石川琢也:
お金で言うとクラウドファウンディングがあるけれど、持続性がなかなか難しいよね。1年間1,000円で関係性を構築できるサポーターをつくることのほうが良いのかも。

ジュリエット・礼子・ナップ:
美術館や劇場の「友の会」みたいな?

石川琢也:
そうそう。dodoというラッパーが好きで、彼のYouTubeの月額90円の「ひんしの会」に入っているんですよ。気づけば2年払い続けていて、そのこと自体も忘れちゃっていることがあるんだけど。ただ新譜が出たときに、そうだ!サポートしてた!ってなります。90円でも関係性の構築という意味ではとても良いなと。これが1,000円とかになると、費用対効果を考えちゃうし、最初から回収を目的ではなく関係性の構築を目的にすればいい。お金が必要であれば、それはクラファンで用途に合わせて支援をお願いするのが最適かな。



石川琢也:
関係性でいうと日本は内祝いとかコミュニケーションの文化があるよね。

ジュリエット・礼子・ナップ:
そうかもしれないですね。イギリスは葬式も結婚式もお金はいっさい発生しない。はじめて日本の結婚式にいったとき、ご祝儀を友達に教えてもらって驚きました。そこにはお返しがあってコミュニケーションが連続していきますよね。

石川琢也:
実は今日みかんを持ってきたのもコミュニケーションの道具。実家から送られたものなんですけど。おすそ分け。この時期はいつもポケットに入れています。

松本花音:
この近くに「京菓子司 金谷正廣(注4)」があるんです。6代目の金谷亘さんに、ロームシアター京都がプロデュースする作品のイメージから和菓子をつくってもらったことがあります。作品をいっしょにつくってくれたお礼を込めて、キャストやスタッフへ贈るんですよ。

石川琢也:
まさにコミュニケーション、人との関係性は本当に大事だよね。メディアはもちろん、京都市にもそうしたアートをつなぐ、あるいは深めるための関係性の構築やデザインが求められるよね。





日本各地で集められたモノ。それらに囲まれて「人が集まる」ことを考えてみた。


一行はさらに北上。新大宮商店街の北の端まで来てしまいました。訪れたのは、日本全国から集められた古道具が所狭しと並ぶ古道具ギャラリーものや。どこに価値があるのかわからないと言われやすい、だけど魅力的な古道具たちに囲まれながら、店主の櫻井仁紀さんも交え話は人が集まることについて。


石川琢也:
どうしてこの場所に店を構えようと思ったの?

櫻井仁紀:
学生時代から「恵文社一乗寺店(注5)」の横の地下で活動していたのですが、人が多すぎて疲れちゃって。お客さんとゆっくりしゃべることができるし、狙ってこないと訪れられない場所がいいなと。そこでこの場所になりました。町家を改装し続けていますが、ここはデザイン事務所兼ギャラリーショップです。3人で立ち上げたのですが、一人はいま料理に興味が出たことから修業に出ています。

松本花音:
私が櫻井さんと出会ったのが「共創自治区CONCON(注6)」。コンテナ町家に編集者やデザイン関係の人が集まっていて、そこで開かれていた飲み会でしたね。特にデザイン系の交流が盛んな印象があります。


石川琢也:
演劇やアート界隈は?

松本花音:
アート系はあまりいない気がします…。実は京都って、そこまで異分野が混じっていないイメージも持っています。職業柄いろんなところでいろんな人に会うリアルで言うと、割と蛸壺化しているような印象もあるかも。でも、だからこそ、ディープな話をその場その場でしている印象です。

石川琢也:
お店では他ジャンルとの交流はありますか?

櫻井仁紀:
若い方が多くきてくださって、デザイン系の交流自体は増えましたね。

石川琢也:
僕自身はデザインとアートの両方に足を置いていますが、デザイン系の交流は少ないかも。いろんなジャンルに混ざりにいきたいなとは思いますね。



石川琢也:
YCAMだとラボがあって、アーティストがきて一緒になにかをつくる。そこでつくったもの、そこで生まれたテクノロジーをワークショップで還元したりする。要は文化・交流、グラフィックだけじゃなく、プロダクトやほかのアート分野と議論するようなチャンネルがあればいいなと思います。それこそ京都市がやれば面白いのになぁ。

松本花音:
今ってデザインがカバーする領域が旧来のイメージより広がっていますよね。見た目やフォルムの問題だけではなくて、課題に対する人の関わり方や集まり方、時間や場のつくり方まで総合的にデザインすることが求められている。その意味で今のデザイン領域と、現代美術やパフォーミングアーツの親和性をもっと高めてもいいのではないかと感じています。

ジュリエット・礼子・ナップ:
ミーティングポイントをデザインしてもらったりとか?

松本花音:
きっかけとしてはいいかもね。ミーティングポイントを造形物としてどう創るかだけでなく、そこがどんな場であるべきで、どう使われるべきかということから設計する。両方の観点から包括的にデザインして初めて面白いものができると思う。

石川琢也:
それこそ食と音楽はずっと盛り上がっていますね。

松本花音:
なんだか旧来の演劇に立ち戻っているような感じもします。昔ながらの劇団にはご飯係がいたりして、集団創作にご飯は欠かせないものなんですよね。結局そこに戻ってくるのかなと。藤原辰史(京都大学人文科学研究所准教授[食農思想史])さんは、食を通した人と人との結びつきや場の新たなあり方とその可能性を考えるための手がかりになるキーワードとして、「縁食」という考え方を唱えています。焚き火でみんなで焼き芋を焼いたり、誰もに開かれている子ども食堂のように、多様な他者とともに縁側のように食を囲める場所でこそ、知や教養を培うことが可能になるという考え方です。だからまずは食堂をつくって、すべての機能はそのまわりに配置していけばいいとおっしゃっていました。



石川琢也:
そういえばぼく、大学院時代に古民家で石窯をつくっていました。その古民家は学生展示の場所になっていたんですけど、そこを地元の人も道具として使ってもらえる場所にしたかったんですよね。だから石窯をつくって、地元の人が集えるようにしました。

ジュリエット・礼子・ナップ:
夢ですが、KEXで畑を持てたら良いなという話もしたことがあります。ボランティアの人にも参加してもらったりとか。

櫻井仁紀:
畑だと、亀岡の「KIRI CAFE(注7)」のプロジェクトに参加しています。軽トラの後ろにつけるトラクターみたいなものが畑の中心にあって、それを修繕してみんなが集える場所にするという役割なんですけど。

石川琢也:
気づけばやっぱり食に戻ってしまうのかな。アカデミックの人たちも食がテーマだと共に考えやすい。石窯もそうだけど、いろんな人が融合できる一番敷居の低い、だけど奥行きのある方法のひとつは食なんでしょうね。


辿り着いた「食」というキーワード。まだ見ぬ新しい表現や思想が生まれるには、様々なジャンルが混ざり合うことがひとつの道ではないかという結論に。スポットとしては少ないこのツアーですが、同じように巡ると「食」という答えに巡り合うかもしれません。続いては、「食」というキーワードを通じて、美術や演劇の話へと進みます。


後編はこちら>>> https://kyoto-artbox.jp/column/62961



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アートやデザインをもっと知るための注釈

注1)山口情報芸術センター[YCAM]
山口県山口市中園町にある図書館・ホール・美術館などの複合施設。おもにコンピューターや映像を使った芸術であるメディアアートに関する企画展を行うほか、その制作施設、上演ホールなどもある。
https://www.ycam.jp/

注2)堀川団地
全国初とも言われる「店舗付き集合住宅」。「アートと交流」をテーマに団地の再生を行っている。テーマに合った方が選考・審査の上、店舗や住宅部分に入居できる仕組みで運用されている。また堀川会議室というスペースで交流が行われており、入居者だけでなく地域住民や地元のアーティストなどが安価で利用することもできる。住宅の管理とアートと交流事業の展開は京都府住宅供給公社。
https://kyoto-juko.jp/horikawa/

注3)MAD City
千葉県松戸市の松戸駅前で行われている、民間企業によるまちづくりのプロジェクト。MAD Cityを中心に半径500mの円を主な活動範囲とし、これまでの再開発手法によらない「人」によるまちづくりを行っている。
https://madcity.jp/

注4)京菓子司 金谷正廣
江戸時代末期の安政3年(1856)創業の和菓子屋。伝統的な菓子文化を守りながら、時代に寄り添う新しいお菓子を開発している。美術や伝統工芸とのコラボも多数。
https://www.instagram.com/wagashi_kyoto_kanayamasahiro/?hl=ja

注5)恵文社一乗寺店
左京区一乗寺にある本屋。2010年にイギリスのガーディアン誌発表の「世界で一番美しい本屋10」に日本で唯一選ばれている。
https://www.keibunsha-store.com/

注6)共創自治区CONCON
京都の二条城南東の式阿弥町に2019年10月に誕生した「共創自治区CONCON」。コンテナ19基と長屋3軒で構成されている。ワインやコーヒーが楽しめるお店、デザイナー、コピーライター、福祉や建築、コンサル関係の会社など様々な職業の拠点となっている。
https://concon.kyoto/

注7)KIRI CAFE
亀岡の「まほろば」と称される亀岡市千歳町に位置する古民家を改装したカフェ。かめおか霧の芸術祭の拠点としてオープン。亀岡産オーガニック野菜を使った料理や自家製シロップの飲み物、カレーが名物。展覧会やイベント、ワークショッフなども開催している。
https://www.instagram.com/kiricafe/



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ジュリエット・礼子・ナップ
KYOTO EXPERIMENT共同ディレクター。
イギリス・オックスフォード大学英語英文学科卒業。京都芸術センター、SPAC静岡県舞台芸術センターでインターンやボランティアとして活動した後、Ryoji Ikeda Studio Kyotoでコミュニケーションマネージャー、音楽及びパフォーマンスのプロジェクトマネージャーを担当。2017年からKYOTO EXPERIMENTに所属し、広報とプログラムディレクターのアシスタントを務めた。


石川琢也 
研究者 / エクスペリエンスデザイナー / アートディレクター
京都芸術大学情報デザイン学科クロステックデザインコース専任講師。1984年、和歌山県生まれ。UI・UXデザインを職務とした後、2013年に情報科学芸術大学院大学(IAMAS)に進学。2016年山口情報芸術センター[YCAM]エデュケーターに着任し、『RADLOCAL』などの教育プログラム、地域リサーチに関するプロジェクト、『Boombox Trip』『AIDJ vs HumanDJ』といった音楽プログラムの企画制作を担当。2020年より現職。日野浩志郎『GEIST』プロデュースをはじめ、音楽イベントの企画制作、文化政策の研究を行う。近著「新世代エディターズファイル 越境する編集-デジタルからコミュニティ、行政まで」。


松本花音  
ロームシアター京都の広報・事業企画
横浜市出身。早稲田大学卒業後、株式会社リクルートメディアコミュニケーションズにて広告制作およびメディア設計に従事。舞台芸術業界に転向し、「国際舞台芸術祭フェスティバル/トーキョー」制作・広報チーフ(2011-13年)、パフォーミングアーツ制作会社勤務を経て2015年より現職。劇場・自主事業広報と、「プレイ!シアター in Summer」「OKAZAKI PARK STAGE」の企画統括、「‟いま”を考えるトークシリーズ」企画・司会、WEBマガジン「Spin-Off」および「機関誌ASSEMBLY」編集などを担当。

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