執筆:山本功(アートマネージャー・ラボ/タメンタイ合同会社代表)
presented by KACCO
アートマネージャー・ラボは、2022年2月28日に、「ARTS for the future!事業(コロナ禍を乗り越えるための文化芸術活動の充実支援事業、以下AFF)」に関する
要望書を文化庁に提出しました。また、並行して、超党派で構成される文化芸術振興議員連盟に所属する国会議員の方々にも要望書を提出し、次年度も継続が決まっているAFFに関する改善要望をお伝えしています。また、2022年1月から2月にかけて実施したAFFに申請、あるいは申請を検討された方へのアンケート調査の結果もあわせてお伝えしました。
この記事では、現場の状況を把握し、要望書としてまとめ、政策提言の場で伝えるという一連のプロセスについて、まとめたものです。課題を具体的な改善策に反映させるために必要なこととして初めて知ったことも多くありました。沢山の方々にさまざまな力添えをいただいたので、後学のために共有することで、よりよい文化芸術の環境整備につながればと願っています。
さて、AFFはコロナ禍において文化芸術活動の自粛を余儀なくされた文化芸術関係団体の活動の持続可能性の強化に資するだけでなく、時代背景を反映した新しい文化芸術活動のイノベーションへの発展をもスコープに入れた新しい補助金です。総額約430億円という大規模な予算額が設定されており、補助対象経費は10/10という、文化芸術支援パッケージとしては類例を見ないものでした。簡易的な審査で速やかに交付されるらしいという触れ込みで、当初大きな期待がありました。
ところが、実運用では初期から想定と実際の乖離が見受けられました。4月から5月にかけて受け付けた1次募集の審査は、当初の想定では6月末には完了すると発表されていましたが、実際には8月中旬までずれ込みました。それにともなって2次募集の受付スタートは3ヶ月以上遅れただけでなく、審査は12月中旬までもつれこみました。12月末までの事業実施完了を求められているにもかかわらず、11月以降になって3000件が交付決定、1300件が不交付決定となっています。このことだけでも、申請したがために逆に影響を受けた団体が多くあることが想像いただけるのではないでしょうか。ちなみに、筆者が代表を務める法人も申請団体であり、6月に1次申請したが不採択、9月に2次申請し11月中旬に採択されたというスケジュールをたどりました。8つの取組で申請したうち一部は交付決定を待たずに規模を縮小して実施し、交付決定を待っていた未実施の事業は12月に詰め込んでなんとか実施した次第で2021年下半期はほとんどAFFの採否に気をもんで過ごしたと言っても過言ではありません。
AFF募集要項(2021年4月20日公開)における補助金概要
アートマネージャー・ラボはそもそも、前年度の継続支援で美術、中間支援者が支援対象から漏れているらしいことから即応的に結成されたものでした。AFFの状況についても、メンバーそれぞれが所属する団体や、個人で申請の支援に関わっていたこともあり、問題意識をもって情報収集を続けていました。
とくに1次募集の採択結果が出揃った夏以降にかけて、アートと助成制度についてなにかしらの動きをせねばならぬという危機感が募っていました。そこで、前年度の継続支援制度の確認番号発行についてのいきさつが記された記事(
アーティストの証明──制度のなかで見えてきたこと:キュレーターズノート|美術館・アート情報 artscape)をたより、「無所属系作家確認証発行連合体」に携わった京都市文化芸術総合相談窓口[KACCO]の山本麻友美さんに協力を依頼しました。支援制度の運用の現場を知るイベント開催の相談をしたところ快諾いただき、京都市文化芸術総合相談窓口[KACCO]と共同企画で、文化庁の支援制度から見えてきたアート業界の課題と今後の設計に向けて考える全3回の連続イベントを企画しました。
第1回「
文化庁の支援制度を振り返る~京都市とアートマネージャー・ラボの取り組みから~」(2021年10月17日開催)と第2回「
日本美術家連盟に聞く、要望書の作り方と連盟の歴史」(2021年11月12日開催)では、それぞれKACCOの山本さんと日本美術家連盟の池谷慎一郎さんを招き、前年度継続支援制度において美術分野が対象に含まれるまでの課程と、確認番号発行のために組成された「無所属系作家確認証発行連合体」について伺いました。わずか数週間というギリギリのスケジュールのなかで、日本美術家連盟の尽力と無所属系作家確認証発行連合体の組成なしには、美術に関わる個人は支援対象にはならなかったという舞台裏を知る機会となりました。
こうした状況を背景に、日本美術家連盟からはコロナ禍における美術分野への支援を求める働きかけが継続的に行われていました。日本美術家連盟は、文化芸術推進フォーラムという文化芸術振興についての政策提言の場に美術家の職能団体として唯一参画しています(ほかに美術分野から参画しているのは一般社団法人全国美術商連合会と一般社団法人日本美術著作権協会)。
まずは2020年6月に、文化庁の令和2年度第二次補正予算の施策として、新型コロナウィルスの感染拡大の影響により活動自粛を余儀なくされた文化芸術関係者に対する緊急総合支援パッケージが発表されたものの、美術関係者への支援が対象として含まれていなかったことへの要望書を提出しています。これを受けて、2020年度の文化芸術活動の継続支援事業においては、補助対象に美術分野も含められるに至っています。前述の無所属系作家確認証発行連合体は、こうした流れの中で突貫的に立ち上げられたものでした。そして継続支援の制度運用が始まったのちにも、申請受付・審査体制の拡充を求める要望書を2020年9月に提出しています。
こうした行政へのアプローチについて知る2回のイベントを経て、自分たちでも要望書を作成してみようと実践編として企図したのが12月の第3回目のイベント「
ミートアップ&ワークショップ 出会って、話して、要望書をまとめてみよう」(2021年12月27日開催)でした。AFFを題材に、参加者とワークショップ形式で要望書の作成に向けた議論を行いました。審査スケジュールの大幅な遅滞や、審査基準の不透明さについての認識をすり合わせたほか、そもそもの制度設計について改めて議論を深めるなど、課題の整理を行いました。
年が変わり2022年となり、ワークショップで噴出したAFFに関する課題を整理し、文章化して要望書として取りまとめる作業をメンバーで進めました。加えて、SNSでは実績報告をしたあとになって減額要請があったという報告が物議を醸していました。
こうした状況を適切に把握せねばならないと、AFFに申請した人(申請を検討した人も含む)を対象にした
アンケート調査を展開しました。あわせて、問題の根源が文化庁の制度設計にあるのか、事務局の運用体制にあるのか、その責任の所在が不明瞭さを追及するための情報公開請求も行いました。
アンケート結果が集まるまでの期間、どうすれば届けるべき人に届ける事ができるか、メンバー間で検討を重ねました。その際、大々的なアピールによって「炎上」させる手段は第一目標とはしないよう心がけました。前例のない大規模な取組であり、事務局の運用に余裕がなかったことは火を見るより明らかで、具体的な改善につなげるための最善策を探る方向性は共有しながら、このままでは「だれも幸せにならない」状況に、どうすれば救いを見いだせるだろうかと方向性を探りました。
アンケート回答は、予想以上のペースで集まり、最終的に238件の回答を得ました。アンケートのタイミング的に実績報告の結果が来ていない段階での回答が多くを占めましたが、早めに実績報告を済ませていた団体からは数百万円単位の減額連絡があったという回答が複数あり、戦慄を覚えました。自由記述欄にもたくさんの書き込みがあり、問題の大きさと深刻さが伺えました。
切実な声をどうすれば制度と運用の改善に結び付けられるかと、ここまで取りまとめたアンケートと要望書の速報版を手元に、メンバーのつながりをつうじて各方面に相談を行いました。
文化庁の担当課へのアプローチは、山本麻友美さんが前年度の継続支援事業の「無所属系作家確認証発行連合体」の報告を行った際のつながりを紹介してもらいました。
また、以前アートマネージャー・ラボの
イベントにも登壇いただいた板橋区議会議員の南雲由子さんが副代表を務める文化芸術振興自治体議員連盟(アーツ議連)や、以前参加したAFFについての勉強会を主催していた日本エンターテインメント連盟の助言を受け、文化芸術推進議員連盟議長の伊藤信太郎議員に状況説明の機会を得ることができました。
加えて、日本美術家連盟の池谷さんより、文化芸術推進フォーラムで開催されたAFFについての勉強会に同席の案内をいただき、とくに美術分野における支援策についての要望を伝える機会を得ました。
そのほかにも、AFFの証憑において旧姓使用が認められない問題について、選択的夫婦別姓・全国陳情アクションと取材を受けたメンバーのつながりで、政治家へのアプローチの仕方について記者から助言をうけました。
このように、これまでの活動の蓄積の中で生まれたつながりを頼りに、各方面の助言が得られたことが大きな力となっています。文化芸術の現場の状況を政策提言の場に伝える道筋をつなぐことができたことは、今後につながるものとなりました。
前述したとおり、美術分野の職能団体で政策提言の場に与してきたのは日本美術家連盟などの一部の団体に限られています。戦後、美術分野からの政治的な働きかけは各種団体を通じて行われてきましたが、ほとんどが会員の高齢化問題に直面していることは既に各所で指摘されているとおりです。文化庁としても、それぞれの文化芸術分野に支援を届けたい意図がないわけではないはずです。けれども、こと美術分野については日本美術家連盟等の団体に加盟せずに活動するアーティストやフリーランスの中間支援者が少なくなく、末端の声を拾い、支援を届けることを難しくしている状況があります。若手・中堅アーティストの多くが個人や小規模なコレクティブを単位とし、フリーランスで活動している現代の日本の美術の生態系を踏まえた上で、現場の声を集約し、声を届ける仕組みづくりは不可欠です。さもなくば、制度設計のスコープから外れていくばかりではないかという危機感をつのらせています。実際、文化庁の担当者からは、AFFについての問い合わせの大半は舞台系や映画分野からで、美術分野からは必ずしも多くなかったという反応がありました。
本来であれば、文化行政として現場の実態把握に努めた上で制度設計がなされていくべきであることはいうまでもありません。しかし、現状では国勢調査などの基礎調査を除いては、文化芸術推進フォーラム等の政策提言団体や、地方自治体による調査結果をもとに状況を把握するしかありません。さらにいえば、こうした調査が適切に政策に反映されているとも限りません。その結果、活動領域の状況にフィットしない制度設計になるのみならず、申請者や問い合わせの声が少ないという結果が支援を必要としていないという誤解につながり、さらに実態と乖離した支援策が設計されるという悪循環にすら陥りかねません。こうした状況下において、横断的な職能団体を持たない領域から政策提言の場に状況を伝達する役割を誰かが担わねばならない(今回の一連の活動も当然手弁当である)ことは、業界関係者全体で考えねばならない課題だと強調したいところです。
そのなかで、アートマネージャー・ラボとしての活動は、現場と制度設計の両者をつなぐ中間支援者だからこそできる役回りとして継続していきたいという思いがあります。制度設計側としても、現場の課題をまったく理解していないわけではなく、さまざまな制約と調整の結果落とし所を探っていることがほとんどでしょう。第2回のイベントで日本美術家連盟の池谷さんからのお話は、課題は指摘するが、協力できることを提示し、自分たちは敵ではないと姿勢を示すこと強調をしていました。現場の窮状を目の当たりにしていると、とかく強いアピールをしてしまいがちなのですが、冷静に状況を把握し、政策提言につなげていく立場の必要性を再確認しました。
そのためには、現状を正しく把握し、状況を共有するための数字を提示していくプロセスも不可欠です。先の文化芸術推進フォーラムの勉強会では、他の分野ではコロナ禍の活動被害状況について各職能団体を通じてすでに調査が行われていた調査をベースに説得力のある状況説明がなされていました。自分たちの置かれた状況を伝える術については、他分野の取り組みに大いに学ぶところがありそうです。
そして、分野横断、領域横断的な活動が増えており、区別がますます曖昧になっている状況についても働きかけを行っていかなければなりません。分野ごとに異なる価値基準があり、他者との差異を基盤に価値創出を行う思考様式を一旦脇に置きつつ、連携すべきは協調しながら獲得すべきものは得て還元していく枠組みづくりは、今後避けては通れなくなるものでしょう。ここでも、中間支援者の緩やかなネットワークとして果たすべき役割は小さくないものだと自負しています。そんな思いから、このほど、アートマネージャー・ラボも文化芸術推進フォーラム構成団体の末席に加わることとなりました。
団体としては歴史も浅い小規模な団体に過ぎないアートマネージャー・ラボですが、現場の声を拾い上げる場をつくり、業界の諸先輩方の力を借りながらも政策提言の場に声を届けることができたことは大きな経験となりました。引き続き、制度設計と運用を監視しつつ、せっかくの支援制度が現場に還元されるために必要な動きを続けていきます。
山本功|Isao Yamamoto
2015年京都大学文学部卒業。専攻は人文地理学。
卒業後ベネッセアートサイト直島にて直島コメづくりプロジェクトを3年間担当。その後、地元広島に拠点を移し、瀬戸内地域で活動する若手作家の活動を紹介する活動を2018年より始動。各地での展示企画のほか、アーティストマネジメント、作品販売、調査事業等を手掛けている。2021年1月より自社施設「タメンタイギャラリー鶴見町ラボ」を運営。
関わった主な企画に富谷真美「広島遠いなあ、鶴見町どこ」(2021、タメンタイギャラリー鶴見町ラボ)、Azure Hiroshima Baseアート展示(2021-)、岡山駅南地下道展示(2020)、「アート・オン・チョコレート」(2020、Alfer)、「カムチャツカの若者が」(2020、KOI PLACE)、「暮らすように愉しむ」(2019、直島本村ギャラリー)ほか。
アートマネージャー・ラボ
アートマネージャー・ラボとは、アート分野の未来をよりよいものにするため、アクションするアートマネージャーが中心となって活動する任意団体。アートマネージャーを「多様な文化芸術活動を支え、新しい表現行為を引き出す存在」と捉え、アート関係者の互助ネットワーク作りを行っている。
https://artmanagerslab.net/
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京都市文化芸術総合相談窓口(KACCO)
京都市が設置した文化芸術に関する総合相談窓口。相談を受けるだけではなく、創作の現場からできることを考え、文化芸術に関わる人のよりよい環境作りを目指しています。2022年度はフリーランスのアートマネージャー、舞台制作者、キュレーター、アーティスト、ミュージシャン等が相談員を担当しています。
https://www.kyotoartsupport.com/