2022.06.07

先輩に聞いてみよう!団体の作り方インタビュー|野田智子さん(アートマネージャー/Twelve Inc.取締役/Nadegata Instant Party)

presented by KACCO


京都市文化芸術総合相談窓口[KACCO]では、「文化芸術に関する活動を継続していくために法人の設立を検討するものの、どういった形態が自身の活動に適しているのかわからない」「任意団体を立ち上げたものの、今後どのように展開していくか悩んでいる」「そもそもメンバーをどうやって集めたらいいかわからない」という相談者の悩みの声を聞いてきました。そこで、すでに法人や団体を設立されている先輩方にインタビューを行い、どのように考え、悩み、実現されたのかを伺ってみることにしました。先輩方の様々なお話から未来の活動への手がかりを見つけてみてください。




野田智子さん(アートマネージャー/Twelve Inc.取締役/Nadegata Instant Party)

・活動拠点:京都府
・生まれた年:1983年

1983年岐⾩⽣まれ。2005年成安造形⼤学造形学写真学科卒業、2008年静岡⽂化術⼤学⽂化政策研究科修了。無⼈島プロダクションにてアーティストのマネジメントや作品販売に携わった後、フリーランスとして国際美術展の広報などに携わる。2013年よりアートマネジメントを専⾨とした個⼈事務所「⼀本⽊プロダクション」を主宰。ジャンルや環境にとらわれず、アーティストとの協働制作/販売/企画制作/出版などのプロジェクトを展開する。2015年〜2018年、Minatomachi Art Table, Nagoya[MAT, Nagoya]共同ディレクター。2018年〜2019年、あいちトリエンナーレ2019ラーニングセクションマネジメント担当。2020年、アートマネジメントとメディアプロデュースを軸にしたアーツプロダクション Twelve Inc.を美術家の⼭城⼤督と設⽴。

インタビュー実施日:2022年2月14日
聞き手・構成:京都市文化芸術総合相談窓口 [KACCO] 中山・高坂



アートマネジメントとの出会い



──2006年より活動を開始したアーティストコレクティヴ Nadegata Instant Party(以下、ナデガタ)(*1)のメンバーでもいらっしゃいますが、本日はアートマネージャーのお仕事についてお伺いします。2013年にアートマネジメントを専門とした個人事務所一本木プロダクションを立ち上げられました。その後、2020年にはナデガタのメンバーであり、私生活のパートナーでもある、美術家・映像作家の山城大督さん(*2)とアーツプロダクションTwelve Inc. を設立されました。

私は成安造形大学で写真を勉強し作品制作をしていましたが、卒業後の未来がイメージできませんでした。アーティストは社会の中でどのようにキャリアを積み、どう収入を得てご飯を食べていくんだろう?と。その際にアートマネジメントという言葉を知り、アートマネジメントが学べる静岡文化芸術大学の大学院へ進学しました。国の文化政策などを学びましたが、その大きな話は実践経験がほとんどなかった当時の私にはあまりリアリティを感じられませんでした。
そんな中、大学院在籍中の2006年12月に、美術家の中崎透くん、山城大督くんとナデガタを結成します。それはアーティストたちがどうやってキャリアをつくっていくか、どう食べていくか、ということを内側から知りたいと思ったからです。私はアートマネージャーとして伴走する感じでした。


Nadegata Instant Party(中崎透+山城大督+野田智子)《ホームステイホーム》(2021)
「丸亀での現在」丸亀市猪熊弦一郎現代美術館、2021-2022年 撮影:青地大輔



そして、大学院修了の年に無人島プロダクション(*3)と出会います。無人島プロダクションはコマーシャルギャラリーですが、作家との対話をものすごく大事にしていて、お客さんに対しても必ず「こんにちは」と声をかけるんです。作家や作品のバックグラウンドを説明したり、「作品のどういうところが面白いと思います?」と話をしたり。私が今、ラーニング(*4)にとても興味を持っているのは、ここでの経験に原点があると感じています。当時、ギャラリーでスタッフの方に話しかけられるのはとっても新鮮で。私ももちろん声をかけられて、大学院で感じていることやナデガタの活動を話す中でインターンに誘われ、すぐにインターンになりました。

インターン後は正規のスタッフになりました。作家のプロモーションや作品の売り方や、展覧会を作家と作っていくこと、作品が売れた場合には納品先に何を渡せばいいかを学びました。作品がアーティストから離れて自分で歩いていく、その瞬間に立ち会える仕事はとてもやりがいを感じました。でもリーマンショックの影響が徐々に出始め、シフトを減らすことになりました。その後、ナンジョウアンドアソシエイツ(現:エヌ・アンド・エー)から声をかけてもらい中谷芙二子さんのアトリエに通ったり、あいちトリエンナーレ2010や横浜トリエンナーレ2011の広報などを担当しました。

そういう生活が2、3年続いたんですが、ナデガタも忙しくなった頃、子供を授かり、自分のこれからを思考する時期と出産が重なりました。考えていく中で、ギャラリーで勉強させてもらったことや、ナデガタでやって来たことが合わさって、作家の仕事を軸にした一本木プロダクションという個人事務所を2013年に立ち上げました。一本木プロダクションは場所を持たない事務所で、アーティストとのコミッションワーク、アイデアを実現する時のマネージメントや作品販売などをしていました。仕事の本数は多くありませんでしたが、マイペースに仕事ができました。しかし一方で、自分ひとりだから事業を広げられないというジレンマも感じました。

その後、パートナーの山城が京都の大学で常勤になることが決まり、京都に移住するタイミングが来ました。私はあいちトリエンナーレ2019でのラーニング・プログラムの仕事を終えた頃でしたが、ちょっと疲れていて、「駄菓子屋をやりたい」みたいな気持ちだったんです(笑)。組織や団体ではなくて、1対1で、私が店にいてお客さんが来てちゃんと物を渡す、そういうことがしたいと思っていました。

山城も映像制作の仕事が増えながらも、教員の仕事もあって、もう少し広い視野で長期的に自分たちがしたことを発信したり受け止めたりできる場所をつくるのはどうかと、法人の可能性を考えるようになりました。法人は、法律上、人と同じように権利や義務を持ち、人格を与えられますよね。それをもうひとりの子供と捉えたら自分たちにはすごくしっくり来たんです。もうひとりの子供をゼロから育てて、その子が仕事をしてくれる、みたいな。もちろん自分たちがするんですけど。でもそう捉えた時に一気に現実的になりました。じゃあ私はそこで駄菓子屋ができるねと。



もうひとりの子供──Twelve Inc. の設立



──株式会社を選ばれた理由を教えてください。

社会貢献と営利を目的にした団体をつくりたいと考えていました。一般社団法人やNPO法人などもありますが、自分たちの価値やクリエイティビティを一般企業と同じ土俵の中で流通させていくことが、文化芸術の発展につながると思い、株式会社にしました。それから、無人島プロダクションやナンジョウアンドアソシエイツも株式会社です。先輩たちの背中を見ていたことも大きいと思います。一方で山城は、株式会社をつくり、経営することをアーティストとしてアートプロジェクトの延長として捉えています。

ロゴマーク デザイン|STUDIO PT.



──準備期間はどれくらいでしたか?

準備期間は約半年です。信頼を置いている友人のパートナーが税理士さんだったので相談してみたら、私のキャリアの重ね方や山城の仕事量を踏まえると、法人設立はすごくよいのではと言っていただいたんです。アート関係の税理士さんではありませんが、他分野の視点で自分たちの会社を見てもらうことにも可能性を感じました。

設立は2020年1月を予定していましたが、新型コロナウイルスの感染拡大と重なり、これからいろんなものがストップして不況になっていくことも考えられる。苦しい状況からのスタートは避けたいと思い一旦保留にしました。でもその後、コロナ禍の中でアーティストと何かやれないかと考えていた矢先に、愛知県で「アーティスト等緊急支援事業委託業務」の公募が出されました。申請には法人格が必要なのがわかり、2020年の6月に会社を設立。それまで準備していましたし、「freee会社設立」を使用したことで、約10日間で書類を整えることができました。この愛知県の公募が通り、実現できたプロジェクトが、オンライン・アートプロジェクト「AICHI⇆ONLINE」(2021年)になります。


オンライン・アートプロジェクト「AICHI⇆ONLINE」、2020年 トップページ

映画、現代美術、短歌、漫画、音楽、演劇など幅広いジャンルの9つのアート・プロジェクトをオンライン上で発表。本展は愛知県のアーティスト支援事業として開催され、企画・制作をTwelve Inc.が担った。




──Twelve Inc. はどういった事業、活動をされていますか。

私たちが「プロジェクト」として捉えている「調査、教育、開発(生み出すこと)」がまずベースにあります。「プロジェクト」は機能でもあり、一番やりたいことでもあり、ヴィジョンをつくる場所でもあり、山城の個人作品も含まれます。「プロジェクト」は収益化されなくてもいいと思っています。その上に、野田が受け持つ「企画制作部」と、山城が受け持つ「映像制作部」という2つの事業部があります。

企画制作部は、アートプロジェクトの企画制作や運営をしています。先ほどの「AICHI⇆ONLINE」や、びわ湖・アーティスツ・みんぐる2021「ガチャ・コン音楽祭」などがあります。ラーニング事業も携わっていて、私は国際芸術祭「あいち2022」のラーニング・プログラムのコーディネーターをしています。2021年4月から正社員で入ったスタッフの山口麻里菜さんは、「山口ゆめ回廊博覧会2021」の一環として開催された「やまぐちアートコミュニケータープログラム」という人材育成事業を山口情報芸術センター[YCAM]と企画・運営していました。それから、映像事業部の進行管理に入ることもあります。

映像事業部は、映像ディレクション、撮影編集をします。展覧会の記録やPR動画の制作、配信も多いです。最近は大型プロジェクターやモニターなどの機材レンタルも始めて、アーティストや美術館に貸し出しています。自分たちが若い頃に安く借りられる仕組みがあって助けられた経験があるので、機材の手配に困っている人たちができるだけ安価に借りられるようにしたいという思いもあります。企画制作部と映像事業部をまたぐ事業としては、舞台芸術公演のオンライン配信をプロデュースするといったメディアプロデュースがあります。



びわ湖・アーティスツ・みんぐる2021「ガチャ・コン音楽祭」ツアーライブ『無人駅の音楽会』 出演:野村誠(作曲家) 宮本妥子(マリンバ・打楽器奏者)、2021年 撮影:永尾美久

『びわ湖・アーティスツ・みんぐる2021「ガチャ・コン音楽祭」』のプロジェクトコーディネーターを担当。地域コーディネーター育成プログラムの運営や、近江鉄道沿線の無人駅ホームを舞台にした各駅を巡るツアー型ライブやワークショップの制作を行った。



──取引先はどのようなところですか?それぞれの仕事も法人を通していますか?

Twelve Inc. は2期目ですが、受注の8、9割は行政からの委託です。山城のアーティストとしての仕事も「プロジェクト」として請けています。ナデガタの仕事も会社で請けることにしました。ナデガタは作品制作時に発生する経費が多いので、会社の経理の中で精算できるようにしました。


──Twelve Inc. は、山城さんが代表取締役、野田さんが取締役ですが、報酬はどのように決めていますか?社員の給与についても教えてください。

役員報酬については、1期目は同額、2期目は私の作業が増えたので少しプラスしましたが、仕事相当のものはもらっておらず、なるべく会社に入れて蓄えを増やすように設定しています。

社員の給与は、公務員の給与額を参考にしています。年齢に見合った金額を設定しつつ、山口さんは実務経験者なのでキャリア手当をつけています。アート関係の募集要項なども見ますが、一般企業と比較すると非常に低い給与設定なのが実情ではないでしょうか。最初はこの仕事ができて嬉しいという気持ちだけでやっていけるかもしれませんが、年齢を重ねた先にどのような仕事をしていたいのかという視点も必要だと感じています。まだまだ足りないところもあるかもしれないですが、まずはTwelve Inc. の雇用条件を整える。これは一番大事にしたいと考えているところです。


──社員は現在1名ですか?社会保険(健康保険・厚生年金保険)と労働保険(労災保険・雇用保険)などはどうされていますか。

今は1名ですが、2022年4月から映像事業に1名正社員として雇用することになりました。山城の作品制作でアルバイトをしてもらったことのある方です。なので、もうすぐ4人体制になります。
社会保険は私と社員が加入しています。労働保険に役員は入れないので社員のみです。


──社労士さんにもお願いされていますね。

社労士さんはデザイナーの友人に紹介してもらいました。デザイン会社の仕事を請け負っている方なので、アートも似たようなものですねとわかってくださっています。社員を雇用する際に、労働基準法や労働環境をふまえどういう契約が的確かを見てもらいました。
例えば、弊社にはフレックスタイム制が合うのではと相談したら、フレックスは働く人が規定の時間数の中で就業時間をコントロールできる制度だから、裁量労働制がいいのではとアドバイスをもらいました。こちらだとスタッフの裁量で担当している事業の仕事をしてもらうことができ自由度が高いです。ただ、スタッフには週5勤務という大きな枠の中で仕事をしてくださいとは伝えていて、勤務簿みたいなものはつけてもらっています。


──税理士さんからのアドバイスや、やりとりの中で印象に残っていることを教えてください。

ずっと同じ税理士さんに見てもらっていて、1時間程度の面談を電話で月1回しています。経理ソフトは同期して常に共有しています。最近はコロナ関係で中小企業の支援も多いため、そういうこともアドバイスをもらったりしています。
それから、私たちにとっては「プロジェクト」に値するけど、経費だけ出ていくことがあります。税理士さんからは「営利を目的にしないとはどういうことですか?」と聞かれることもありました。その際は、「これは2年後に効いてくるから、会社にとっては投資だと思っている」と丁寧に説明しました。税理士さんも「長期的にみたら、確かにそういう時期があってもおかしくないですね」と自身の回路を広げて理解してくださっています。その最初のズレは面白く感じましたし、確かに分野の違う企業だと収益化しないプロジェクトにはそもそも見向きもしないだろうな、と。いわゆる「一般的な」スタンスを知れてとても勉強になりました。
あとは、夫婦で経営しているから、そこはかなりシビアに見てくださっていて、私たちも公私を分けることを意識しています。


──経理はどうされていますか?

外部委託でお願いしている経理の方と私が担当しています。1期目は私ひとりでしたが、仕事が回らなくなるので経理の方を探しました。負担が減りましたし、距離を持って数字を見れるようになりました。それに、経理の方はアートマネジメントの仕事にも関わっている方なので、アートプロジェクトのサイズ感もよくわかっているし、同じ目線で見てくれるので助かっています。税理士さんとのやりとりにも入ってもらっています。会社の重要なやりとりは私がしていますが、経理は会社の心臓部分。ポンプの動きまで全部を見ているから、とても大事な仕事だと思っています。


──Twelve Inc. の代表取締役は山城さんですがどのように決めましたか?

アーティストの高いクリエイティビティとアイデアが、プロジェクトの質にダイレクトに関わっていると思います。また、そのことが私たちの活動自体をユニークなものにしていくだろうと。アートマネージャーの私が代表になるのではなく、ここはアーティストという生き方を選択した人に賭けたいと思いました。


── 社員の仕事内容はどのように決めますか?

今は山口さん1名ですが、まず彼女の意思、やりたいことを大事にしています。山口さんとは、ナデガタの活動初期のころ、まだ彼女が学生の時に会っていて、いろんな現場に来てくれて私のパートのところを手伝ってくれていたんです。その後、あいちトリエンナーレ2019の時にラーニング・プログラムのチームの一員として一緒に働きました。その時は私も頼りにしていてアシスタントのような関係になりがちでした。でも会社に入ってくれた彼女はプロフェッショナルなひとりのアートマネージャー。なのでそういう関係にはできるだけしたくない。アートマネージャーそれぞれが志を持った上で、私(野田)がやりたいことではなくて、山口さんも含めた「自分たち」が主語になる会話をするように心がけてますし、できているからとてもありがたいです。
会社を動かしているのって役員の2人じゃなくて、スタッフがいるから会社が「動いている」。社員が私たちの手となり足となりみたいな考え方は古いし、私と山城はあくまでも言い出しっぺというだけで、全員が駆動しているから会社は回っていると思います。


──事務所を構えられたのはいつ頃ですか?会社にとってどのような場所ですか?

設立当初は自宅で仕事をしていましたが、その後、家から5分程のところにある一人暮らし用のアパートを借りて事務所にしました。社員を雇うことになり、今の事務所に2021年5月に引っ越しました。場所があることで私たちも生活空間から飛び出すことができますし、共有地としてあるのもいいですね。仕組みのひとつかもしれません。事務所は1階にあって人通りも多いし、自宅からも子供が通う学校からも近い。飛び込み営業の人などいろんな人がきます。お向かいの方は最初何ができるか心配されていたそうですが、今はお菓子をいただいたり、近所の人との距離も変わって来ていて、それも今後楽しみです。


Twelve Inc. スタジオ 外観



──法人を設立する際に、苦労したことはありますか?

定款に記載する事業目的を言語化するのは少し苦労しました。アート業界だけではなく、一般に通じるような言葉を使うように意識し、税理士さんや設立Freeeで出会った方に相談したりして、シンプルに企画制作と映像制作にしました。文化芸術の発展を目指すなどの言葉を入れてもいいけど、それは目指していることだから入れない方がいいとか。美術品の制作や販売も入れました。本当はインスタレーションなど細分化した言葉の方が自分たちはしっくりくるのですが、美術品の方が一般に開かれるかなと考えました。


──よかったことや、想像していなかったことなどはありますか?

夫婦での経営なので公私を分けられることはよかったです。それから、これまで個人で積み重ねて来たものが社会の中でどのような意義があることなのか、どういうところにアプローチしたらいいのかがよりはっきりわかるようになったのが大きいですね。個人の時よりビジョンが描けるようになりました。

想像していなかったことは、2021年にネットTAMで開催されたTAMスクール「タテ・ヨコに編まれる次代の“アートマネジメント”」に私が登壇した後、京都の商工会議所の方から「ネットTAMを拝見しました。京都にアートの事務所があるとは知らなかったので、ぜひ一度お会いしたい」と手紙をいただいたことです。その頃は商工会議所の役割もよく知らず、私たちと程遠いような印象があったので、すごくびっくりしました。その後、お会いし商工会員にもなりましたが、今後はそういったところから思わぬ結びつきができるといいなと思っています。


──会社を立ち上げたからこそ仕事が広がったり、新たに見えてきた風景はありますか?

個人の利益だけではなく社会の文化的発展を考えられるようになりました。文化芸術の発展という大きな目標があって、企画制作や映像制作を請けているということです。
だから、次に目指す部分をどうつくれるかという話もできるようになりました。それまでは、依頼を引き受けることしかできなかったけど、もっと広い視点で考えられるようになりました。例えば、個人で仕事をしているときは、お引き受けするかお断りするかしか選択肢がありませんでしたが、例えば「◯◯のことだったら◯◯さんにお願いしたらいいよね」と、会社として請けて外注できるようになる。それぞれの能力を生かして、分散することでプロジェクト自体がより良くなり、生まれてくる内容が変わってくることもあるだろうなと思います。


──法人の今後の目標を教えてください。

まず、会社としては日本国内のネットワークづくりですね。今もインターンを受け入れていますが、海外のインターンを受け入れるとか、同業の会社同士でエクスチェンジできると面白そうだなと思ってます。あとは、レジデンス事業やアートセンター、図書館、学校をつくるなどの大きな規模の公共事業や、考えもしなかった分野、例えば、化学、土木、宇宙開発、教育、金融などに私たちのようなアート分野が入っていくこともしてみたいです。

マザーディクショナリーという株式会社が運営を請け負っている児童館が東京の渋谷区にあるんですが、渋谷区こども・親子支援センター「かぞくのアトリエ」では、乳幼児や小学生、その保護者を対象に様々なプログラムが開催されていて、質の良いプログラムなんです。山城も『感受性のワークショップ 赤ちゃんと大人編』(2020年)で講師をさせてもらいました。「代官山ティーンズ・クリエイティブ」には、小学生から高校生までを対象に、様々な分野で活躍するクリエイターと出会える「アートスクール」や、日替わりで興味のある分野を体験できる「ミート・ザ・クリエイターズ」というプログラムがあります。児童館でも福祉施設でもいいんですが、自分が住んでいるまちでそういった施設に携われるタイミングが来たら手を挙げてみたいです。


──個人的な目標も教えてください。

まず、業界の労働環境の整備をしたいです。行政がやっている芸術祭やアートプロジェクトには専門職であるアートコーディネーターやアートマネージャーが重宝され、その期間限定で芸術祭の地域に移り住み仕事に打ち込むんですが、終わったら事務局は解散され、彼らの雇用もそこまで。その後また新たな地で新たな仕事を探さなければなりません。それでは、事務局内でのノウハウが継承され辛く、また給与の規定も組織ごとに異なるためキャリアも積み上げにくい。そういう状況を私自身も経験しているからこそ、芸術祭やアートプロジェクトの組織内部へ労働環境の働きかけを具体的にしていきたいと思っています。

それと、ちゃんとプロフェッショナルを育てたいです。会社から若い世代のアートコーディネーターに業務委託をすることが多々あり、目指す姿ややりたい事、仕事のモチベーションを聞くことが多い。誰でもアーティストのサポートはできるけど、どういうポリシーを持ってアートと関わるかは個々人の思想だから介入できないと思っていましたが、モチベーションが消費されやすい仕事でもあるので、少し踏み込んで、会社のビジョンを共有してみたり、本人が目指していきたい姿に少しでも会社として貢献できるように、丁寧な対話と本人の経験となるような仕事の依頼を心掛けています。

あとは、子供が変な大人と出会える場をつくりたい。変な大人というのはアーティストのことなんですが(笑)これからを担っていく子供へのアプローチとして、アーティストに出会ったり、アートを経験する機会をつくりたいんです。それは本当に自分がやりたいことなので、あえて事業とは呼ばず、「運動」と呼べるような場であったり時間であったり。来年くらいにやれたらいいかなと思っています。





*1 Nadegata Instant Party(ナデガタ・インスタント・パーティー):美術家の中崎透、山城大督、アートマネージャーの野田智子によるアーティスト・ユニットとして2006年より活動を開始。地域コミュニティにコミットし、それぞれの場所や状況に応じた「口実」を立ち上げ、多くの参加者を巻き込みながらひとつの出来事を「現実」としてつくり上げていく。「口実」によって「現実」が変わっていくプロセスをストーリー化し、映像や演劇的手法、インスタレーションなどを組み合わせながら作品を展開している。

*2 山城大督:美術家・映像作家。映像メディアの時間概念を空間やプロジェクトへ応用し、その場でしか体験できない〈時間〉を作品として展開する。アーティスト・コレクティブ「NadegataInstant Party」メンバー、個人としても全国で作品を発表。2006〜2009年山口情報芸術センター[YCAM]エデュケーター。2020年、第23回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品受賞。

*3 無人島プロダクション:2006年高円寺で開廊。清澄白河を経て2019年に現在の墨田区江東橋に移転。現代社会や歴史に対しての鋭い観察と考察を、表現を通して可視化する作家たちのマネジメントを行う。またギャラリーでの展覧会だけでなく、作品のコンセプトによって、ギャラリー外での展覧会企画も多数行う。https://www.mujin-to.com/

*4 ラーニング:アーティストや作品の背景にある歴史や文化を学び、作品についての理解を深めたり、作品と社会を繋げる活動。




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