美術

できないと言われても、面白いと思ったらやってみる

2012.09.01

八木良太(アーティスト)

見つめ、耳をすませ、触れてみる。作品から感じるのは、普段意識していなかったものたちの確かな存在です。シンプルながら思いもよらぬアプローチで「時間」や「音」の存在を鑑賞者に再認識させる八木さんの作品。「ヨコハマトリエンナーレ2011」など国内外数多くの展覧会に出展しています。
そんな八木さんに、今年京都市内に設けたアトリエにお邪魔して、制作の背景や作品への思いをお聞きしました。

-大学時代から制作活動を続けておられますが、もともとアーティストを目指していたのですか。


アーティストになりたいとは特別思っていませんでした。アーティストよりもデザイナーになりたかったんです。その方が自分に向いていると思っていたので、大学もデザイン科に入学しました。美術作家になったのは、大学の卒業制作がきっかけです。それから徐々に作品を発表する機会が増えていったんです。「アーティスト」というのは、常に定まっているのではなく状況によって変わってくるものだと思います。
現在も印刷物を制作したり自分の作品を整理するためにホームページをつくったりと、デザインワークも並行して行っています。つくるときの意識は美術作品もデザインも同じです。説明しすぎないように、でも説得しないように、と気を配りながらいい塩梅を探す作業が似ているんです。



-「音」や「時間」に関する作品をつくられていますが、それらのテーマは科学や哲学などの分野からも研究が進められていますよね。その点は意識されますか。

僕は音楽家ではないし、音楽について尋ねられても詳しくはわかりません。分野ごとにそれぞれの常識がある。と同時に常識にとらわれてしまうこともあると思うんです。以前にミュージシャンの人とルームシェアしていたとき、「vinyl」という氷のレコードの作品の構想を話したことがあります。その人にはそんなことできるわけがないと言われてしまって。実際につくって音が鳴っているところを見せるとびっくりしていました。専門家からみれば無茶なことかもしれないけれど、試してみたら面白いものになることもある。専門知識を持たない外の人間だからこそ、内側の常識を覆したり、誰もやったことのない挑戦ができるのだと思います。

一方で専門家の方にも作品をみてほしいと思っています。カセットテープのテープを巻いて球体にした「Sound Sphere」という作品は日本磁気学会や、ビクターのVHSの設計技師の方にも面白がってもらえました。まだ論文などにはなっていませんが、お互いに得るものがあったようでよかったです。
技術書や専門書が好きでよく読みますが、どの本にもなぜ時間は存在するのか、重力はあるのか、という問いの結論は用意されていない。誰も本当のところはまだわかっていないのだと思います。はっきりした答えがないからこそ、自分でも仮説を立て再確認していくことができるので楽しいですね。


提供:東京都現代美術館/撮影:新良太

-八木さんの作品は、日常に埋もれていた感覚を鮮明によみがえらせ、鑑賞者に新しい体験や気付きを与えてくれように思います。

僕は作品をわかりにくくしようと思っていません。結果的に好評だった層とそうでない層の差はうまれてきますが、こちらからターゲットを絞ることもほぼしていません。とりあえずはまず楽しんでもらえる作品がいいのではないかと思いますし、一つの作品のなかに、単純に面白いところと、難しく考えても尚かつ面白いところが共存することはきっと不可能でないはず。子どもと評論家の作品の見方が全く違っていたり同じことを言っていたりと、それもまた面白いですよね。

普段の生活で気付いていない、疑問にすら思わないことを見つけていくのが僕の制作の出発点といえます。例えば、人がものを見るときは、左右の目でとらえるので二つの像が見えるはずなのに、なぜか見えるのは一つの像だけ。左右の目で得た二つの像がいつの間にか頭のなかで一つになっている。知識として視知覚の仕組みを知っていても、よく考えてみると不思議なんですよね。そして、その仕組みを調べていくと、左右に違う視覚情報を与えたら頭のなかで新しい像が生まれるかもしれない、という考えを思いつく。当たり前を疑い、調べたり実際に手を動かしたりして確かめていくことが重要なのだと思います。

-八木さんは今年、京都市内にアトリエを設けられ、母校の京都造形芸術大学の専任講師に就任されるなど、今までとは違う新しい環境のなかにいらっしゃると思います。制作活動に変化はありましたか。


アトリエには今年3月から入りました。今ものんびりと工事中です。展覧会や仕事のミーティングなどもアトリエで頻繁に行うようになりました。最初はいつも人が出入りしていると制作に集中できなくなってしまうのでは、と心配していましたが、意外とそんなこともなかった。アトリエに来た人と制作の話やアイディアなどの意見交換は楽しいですし、改めて考えを整理できる。夜になると一人の時間を持てますし、制作に特に支障はありません。

教職と制作活動もあまり分けて考えていません。授業では自分の技術や知識を学生に教えるのでなく、自分の知らない領域を学生と一緒に考えるようにしています。学生への課題をつくるのも、作品制作と似ています。アーティスト、デザインワーク、教職、この三つの活動は仕事としてバランスもとれているし、これらを平行して行うことはどの活動にもいい影響を与えていると思います。



-レジデンスでニューヨークに行かれるなど、活動の幅が広がっていると思いますが、今後も活動の拠点は京都にされるのでしょうか。これからの展望を教えて下さい。


レジデンスプログラムでニューヨークに半年間滞在していた時は、作家の友人ができたり、向こうの美術や舞台を観に行ったり、とても貴重な経験をさせていただきました。けれど、ニューヨークは僕にとって制作に適した場所と言うよりも、人や文化と交流する場所だと感じました。

その点、京都は落ち着いて制作ができるし適度に人が交わることのできるバランスのよい過ごしやすい町だと思います。これからも京都で制作活動を続けていければと思っています。先のことはそんなに考えていません。今、関心を持っていることはたくさんありますが、一年後はまた変わっている気がします。あくまで自分のペースで興味の赴くままにつくっていきたいです。

■ 取材日:2012年8月19日(日)■ 取材場所:八木さんのアトリエにて ■監修:HAPS http://haps-kyoto.com/

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