美術

境界線上に立ち続け、 必死に葛藤する

2012.07.15

ヒョンギョン(美術家)

画面にエネルギーが渦巻くような絵画作品を中心に、映像やインスタレーションも手がけるヒョンギョン。平成24年度京都市芸術文化特別奨励者に選ばれ、海外の展覧会にも参加するなど、確実に活動の幅を広げつつある彼女に話を聞きました。

―韓国のご出身ですが、日本に来て、京都市立芸術大学で学ぶことになったきっかけについて聞かせて下さい。

日本に来ることになった「これ」という理由はないんです。韓国で大学を出た後は、就職して1年ほど働いていました。大学では絵を描いていたのですが、その時は作家としてやっていく気はありませんでした。仕事も好きだったけど、このままで終わりたくないなと思い始めて、一度何も考えず外に飛び出してみようと思ったんです。
日本は行きやすかったし、昔から興味もあったので、とりあえず日本に行って語学の勉強から始めました。そうしたら、京都の居心地がすごくよくて。その後、もっと長く日本にいるために京都市立芸術大学に入ったんですが、また絵を描くうちにどんどん欲が出て、本格的に絵画に取り組みたいと思うようになりました。ここにきて、本当にやりたいことを見つけたという感じでした。

―日本で本格的に絵画の制作を始められたわけですが、近年の作品では、一度見たら忘れられないような「顔」が印象的です。

最初の頃は、顔は描かなかったんです。人物はずっと描いてきましたが、顔を髪の毛等で隠してきました。なぜかというと、顔には感情が出やすく、非常に分かりやすい情報手段になってしまうということがひとつ。また、何度かチャレンジしたものの、どうしても自分が描きたいものが出てこなくて失敗作になってしまったことも理由です。でも、そのうち自分がいつまでも顔から逃げていると感じるようになって、限界を感じました。新しい方法を模索していたとき、何枚も重ねた布をハンダゴテで溶かしていく工程で出てきた「顔」が、すごくしっくりきたんです。「誰か」を描いたわけではなくて、おのずと出てきたような感覚でした。ただ行為が積み重なって出来上がった、ひとつの感情の塊のような感じがとても気に入って、次にそれを絵画に写してみようと思ってから、顔を描けるようになりました。

―作品には女性が多く登場するように思いますが、作品における「女性」や自分が女性であることを意識することはありますか?

まず、私が女性であるという事実があります。でも、実は「女性的」という言葉が前は嫌でした。作品がフェミニズムやジェンダーとすぐ結び付けられてしまうことに違和感を感じて、最初は何も聞こえないふりをしていました。でも、実際には女性という生き物に興味があって、子供の頃から女性の物語や自伝ばかり読んでいたんです。苦労を重ねながら這い上がって、力強く生き抜いていく、そんな生き様に惹かれます。
博士課程に入ってから、何も知らずにただ拒否するより、フェミニズムの考え方を理解することも必要だと感じて、本を読んだりして勉強するようになりました。そんな中で、多くのフェミニストたちの積み重ねがあるから今自分はここに立てている、生きやすい時代にいるんだ、と実感するようになりました。それからは、私が女性であることもひとつのメリットだし、その事実を受け入れることも重要だと考えています。逆に、外からの抑圧があまりないこの時代、私には何ができるんだろうと考えますし、そこからインスピレーションを得ることも多いですね。

―開催中の展覧会「京芸Transmit Program #3《Mètis - 戦う美術 -》」では、新作インスタレーションを発表されています。このグループ展にはどのような姿勢で臨んだのでしょうか?

まず、サブタイトルの「戦う美術」という言葉にとても惹かれました。戦うって何だろうと考えたとき、それは生きることでもあると思いました。生きるために戦う。何でもあきらめたり放棄したりすれば、別に戦う必要もないし争うこともない。だけど私は、生きることへの希望や、それに対する強い欲望があるから「戦う」という言葉が存在していると思っています。
アーティストはみんなそうですが、日々の創作活動と生活を両立させていくのはすごく難しくて、経済的にも苦しい。常に自分との戦いでもあり、周りとの戦いでもある。そんな中で私は、大変で難しくても、作品を作りながら見えない何かと戦っている方が幸せだと感じます。逆に何もしない方が辛いし我慢できない。今回の展覧会では、作品を作りながら希望を持って戦っている、ということを感じつつ制作に取り組みました。

―ヒョンギョンのそんな「戦う」気持ちが、作品《はざまで/Inbetween》にもよく表れていると感じます。有刺鉄線が目を引きますね。

有刺鉄線は前から気になっていて、一度展示に使ってみたいと思っていました。自分を守るためのものだと思いますが、同時に他を傷つけるものでもある。守ることと攻撃することが一体になっていて、いろんな意味に取ることができます。でも、線一本であちらとこちらを区切るというのは、何だかとてもくだらないとも感じる。特に、韓国人にとって有刺鉄線はすごく象徴的なもので、ほとんどが南北分断のことを思い浮かべるでしょう。そんな象徴的なものだから、逆にそのイメージを覆すような使い方、見せ方をしようと、虹色の布で華やかに飾りました。
タイトルにあるように、私たちは常に何かの「はざま」に立っているといえます。その間で揺れ動きながら生きている。今回の「戦う美術」という課題に対して、私は自ら「はざま」に身を投じることを選びました。陰と陽、現実と非現実、生と死、正常と狂気といった、二つの極の間を行き来することを意識しつつ、「境界線上に立ち続け、必死に葛藤する」ということが、私が出したひとつの答えです。

―アーティストの視点から、京都について何か思うところはありますか?

京都という町は、有名な観光地として韓国でも広く知られていますが、美術やアートという文脈では、まだまだ知られていないと感じます。京都には若い作家が大勢いて、みんなアトリエを構えてやっているのに、外向けにあまり発信できてない。これはすごくもったいないと思います。京都がアートの街として、今後もっと知られるようになってほしい。そのためにも、自分も含めて京都の作家が韓国で発表をすることで、京都や日本が知られるきっかけになればいいなと考えています。

■ 取材日:2012年4月13日(金) ■ 取材場所:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA にて

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