美術

状況に「索引」をつける

2015.03.11

堀川団地再生まちづくりにおける「アートと交流」

京都、西陣の東南にあたり、堀川通り沿いに位置する堀川団地。戦後間もない1950年から53年にかけて店舗付き集合住宅として建設され、いわゆる「下駄履き団地」として一階部分が商店街(堀川一丁目会、堀川商店街協同組合、堀川五丁目会)となっている。1980年代後半から春と秋に行われている「堀川祭り」では、地域の老若男女がつめかけ賑わいを見せているが、すでに築60年を超え建物自体は老朽化が進んでいる。
現在、そんな堀川団地の再生をめぐり、「アートと交流」をテーマにさまざまな取り組みが展開している。ここでは、具体例を挙げながら「堀川団地再生まちづくり」における望ましい「索引」について考えていく。

「アートと交流」をテーマにさまざまな取り組みが展開している堀川団地再生まちづくりにおいて、活動を行う主体の多様な実践が蓄積する「舞台としての堀川団地」が、外側からはやや見えづらいのではないかと考えている。いわば状況を把握するための「索引」が堀川団地には求められているのではないだろうか。

このテキストは、堀川団地の概要をおさらいしつつ、そこで行われる個別的な取り組みを見取り図的に見ていく。活動の舞台としての堀川団地を伝えるために、何をどう見せていくのか、は避けられない問題だろう。このテキスト自体が堀川団地をめぐるひとつの「索引」となることを望んでいるが、平行してその問題についても考えていく。

堀川団地はどんなところで、今どうなっているか

堀川商店街_1

堀川商店街

堀川団地は、堀川通りに面して北から上長者町団地、出水団地(3棟)、下立売団地、椹木町団地の計6棟からなる。2011年から2014年までの間に、6棟ある団地のうちどの程度を建て替え、改修するかに関して様々な議論が出ている。現在、出水団地1、2棟を、団地全体のデザイン監修を行うマスターアーキテクト光井純の監理のもと、都市計画コンサルタントとして「まちづくり」事業も多く手がける総合設計事務所RIAが設計し、改修工事が終了している。

堀川団地再生の経緯については、団地の管理者京都府住宅供給公社による特設ウェブサイトで知ることができる。やや事実の羅列になってしまうが、改めて簡単に振り返っておこう。1980年頃から老朽化にまつわる議論が活発化し、1990年には将来の建て替えを想定し、空き家の補充募集を中止。2000年には商店街活性のため定期借家方式導入・空店舗の入居募集が行われている。

以降、団地再生の方針を調整すべく、さまざまな会が発足。2001年から堀川団地再整備計画検討委員会が設置され、2009年には堀川団地まちづくり懇話会、2010年には堀川団地まちづくり協議会、そして2013年には堀川団地再生・事業推進委員会が設立されている。

これら多様な委員会が発足される中でとりわけ重要なのは、堀川団地まちづくり協議会に地域住民を含めた多様な主体が関わっているという点だ。事業主である京都府と京都府住宅供給公社とが事業に関する説明を行い、その提案に関して地域の人たちが自由に意見を交換できる場になっていた、というところは見逃してはならないだろう。

「アートと交流」の「アート」とは何か

2012年、京都大学髙田光雄研究室によって「堀川団地'やわらかい'まちづくり再生ビジョン」が京都府に提出されている。様々なトピックの中でも注目すべきは「新しい福祉の地産地消」という視点だ。少子高齢という地域の課題を反映したものになっている。対して、2013年に提示されたまちづくりビジョンから、新たに「アートと交流」がメインに据えられるようになった。

「アートと交流」は、2010年から続く、京都府知事と京都市長を中心とした京都の未来を考える懇話会によって2013年に提示された「京都ビジョン2040」の中にある、「世界交流都市・京都」というテーマがその背景にある。

ところで、ここでいう「アート」とはそもそも何か。その定義を、堀川団地再生・事業推進委員会の議事録に見ることができる。

"ここでいう「アート」とは、よそいきのもの・非日常のものではなく、日々の暮らしの中にあり、日常を楽しく、面白くする、カジュアルなものである。日々の暮らしの中には、地域のふれあい、多世代のふれあい、国際的なふれあいなど様々な「交流」があり、そこに刺激がある。それがエネルギーとなり、新しい価値やスタイルへと昇華していく。「交流」が生むエネルギーの発露が「アート」ともいえる[※1]。"

これを言い換えれば、「様々なものとの交流をエネルギー源とした、日常を楽しく、面白くする、カジュアルな、新しい価値やスタイル」ということになるだろうか。アーティストによる作品制作、という行為よりも、むしろ異なる主体同士の「交流」の側に重きが置かれているようにも感じられるが、これをふまえながら、具体的な取り組みを見ていこう[※2]。

[※1]参照:第5回 堀川団地再生・事業推進委員会 開催結果 資料5|「公募要件概要(素案)」より
 http://www.pref.kyoto.jp/shingikai/jutaku-08/documents/shiryo5.pdf
[※2]なお、比較的アップ・トゥー・デートで堀川商店街界隈のことを知ることができるのが、Facebookページの「堀川団地プロジェクト!」だ。https://www.facebook.com/horikawadanchi

「外」からの視点によって現れてくる地域の新たな顔:CITY IN MEMORY

堀川団地をめぐる様々な活動の中でも、アーティストと地域との接点をつくる試みとして、京都市立芸術大学/ギャラリー@KCUAの取り組みに注目したい。

2013年10月より、アートNPOであるBEPPU PROJECT代表山出淳也氏を講師に招き、「記憶の街」をテーマに、12名の参加アーティスト自らが企画運営に携わりつくりあげるアートプロジェクト「CITY IN MEMORY」が行われた[※3]。

CITY IN MEMORY_1

「CITY IN MEMORY」の成果物として、いくつかの冊子やカードがひとつのボックスにパッケージされている

「外」の人としてのアーティストが堀川団地に滞在リサーチしながら制作を行ったこのプロジェクトは、その名の通り団地の「記憶」を地域の人たちへのヒアリングなどによって可視化するという取り組みだ。興味深い点は、回覧板という団地内で現役の情報メディアでの流通を意識したチラシを制作プロセスの中で製作回覧させていたことにある。

CITY IN MEMORY_3

チラシとして回覧された小冊子

まちづくりの一環として行われるアートプロジェクトは国内でも枚挙にいとまがないが、それらアートプロジェクトでは地域課題へのアプローチとプロセスの公開性がひとつのポイントとなっている。筆者自身はアーティストの制作は必ずしも「地域のため」にあるべきとは考えず、その制作の核となる部分は「ブラックボックス」にならざるを得ないと思っているが、それでもそのプロセスを開示することの意義は間違いなくあると考えている。

なぜなら、「外」から入る人たちの視点によって地域の顔が新たに発見されるからだ。地域の「日常」はそのようなかたちで常に見つけ出されるものだとも言える。それゆえ、「アート」によるまちづくりを考える際には、「その視点によって見えてくる地域の顔」を伝えるプロジェクトの記録は意義深いものになるのではないだろうか。「CITY IN MEMORY」では、成果物として丁寧なカタログブックがつくられており、回覧されたチラシ群とあわせて、制作されたものやそのプロセスの記録を読みなおすことができる。こうした情報の公開方針はひとつの参考になるはずだ。

[※3]他にも、複数のアーティストに共同スタジオを提供し、その環境での制作を通じて作品の新たな展開を発見するための取り組み「ARTISTS@HORIKAWA」、そして2015年2月から「堀川+(プラス)アートプロジェクト」が行われた。

地域の「資源」を「外」に見せる:堀川セレクト

一方、筆者が共同運営する建築リサーチ組織RADは、旧堀川会議室(現堀川common)の改修を依頼され、その中で行うプログラムの企画運営まであわせて実施した。 堀川商店街の魅力を伝えることをねらいとし、アーティストに各店舗から気になった商品をピックアップしてもらい、彼ら彼女らの作品とともに展示するという商店街のセレクトショップ「堀川セレクト」を実施した。

堀川セレクト

「堀川セレクト」チラシ

また、堀川commonを舞台に共同したコミュニティデザインユニットtunagum.は、若年層が堀川に興味を持つきっかけづくりのため、まちづくりやアートに関わる事業者をゲストに招いたトークイベント及びワークショップ「堀川よるトーク」を開催。地域の活性化に向けた情報やアイデアを交換し実施していく取り組みを行った。

こうしたひとつの空間をめぐる取り組みに関わってみると、あるスペースが様々な活動の拠点になることで、その場所が地域の情報へとアクセスするための経路になり得るのではないかと感じた。逆に言えば、地域に核となる施設や機能が物理的に存在することが、その地域にある「資源」の見通しを良くする可能性がある。今回は、いわばその芽が生まれる可能性を垣間見ることができた。

堀川commonウェブサイト

堀川commonウェブサイト

これらの取り組みに関して特設したウェブサイトでは、「堀川セレクト」の出展作家の情報や、「堀川よるトーク」のレポートなどを読むことができる。こうした情報の提供が個別の取り組みを超えて、堀川団地がひとつの「舞台」となるようなかたちで可能になれば、「外」からの関わりや地域の「資源」が可視化され、地域のまた別の顔が見えて来るようになるはずだと考えている。

「外」からの「資源」を受け入れる:堀川DIY実験

こうした「外」の人たちを巡る取り組みの中でも興味深い動きとして、堀川団地の住戸のカスタマイズを入居者に開く「堀川DIY実験」がある。独特な不動産物件を特徴的な切り口から紹介する「東京R不動産」で知られるOpen Aがメインとなり、入居希望者は自身の住まい方をプレゼンし、審査を経て入居が決められる。

2013年からはじまる「堀川DIY実験」では、Open Aがあらかじめ「下絵」となるべき改修を実施。出水1、2棟のうちの1棟にある4室を「面影度」という、既存の空間をどの程度残すかで4つのバリエーションをつけながら改修。4つの空室にその10倍ほどの希望者が集まった。入居者は改修された住居にそのまま住むこともでき、またカスタマイズすることも自由となっている。

堀川団地内装_3

面影度は10、25、50、75%の4種類。写真は75%の室

「職住一体」というコンセプトを推進するこの事業では、入居者は基本的にものづくりに従事している方を対象としている。改修を業者に委託せず、入居者自らの手で行うことによって、関心のある人たちの「関わりしろ」にもなる。現在の入居者のひとりに内装改修時の話を聞いても、「手伝ってもらう」ということがつくるコミュニケーションを実感する機会だったと語る[※4]。

堀川DIY実験冊子_1

Open Aと京都府住宅供給公社による「堀川団地セルフビルド賃貸DIYサポートカタログ」

堀川DIY実験冊子_2

面影度75%の一室。元々の状況

暮らし方のビジョンによって入居者を決め、入居者が他者とともに、暮らし商売を行う場所に手を入れていくこと。低価格な家賃と、改修の自由が認められているという条件によって、新たな入居希望者が多く手を挙げた事実は見逃せない。「堀川DIY実験」では入居選定の審査会運営などに多くのコストがかけられたことと推測する。団地再生にかかるコストを考えると低価格な家賃設定は困難になるかもしれないが、生活や商売の拠点として堀川団地を希望する人を受け入れるための仕組みづくりが今後も期待される。

堀川新聞

堀川新聞

当然ながら重要なのは、入居すべき物件も資源であるが、入居している人たちも地域の重要な資源だということだ。今回入居した4組は「ホリカワクラブ」というグループ名を自らにつけ、自己紹介などを書き込んだ「堀川新聞」を作成、回覧板に挟んで団地内に回した。団地の中でどんな人たちがどんなことをしているか、という情報は、商店としての堀川団地にとっても、ものづくりの拠点としての堀川団地にとっても、対外的な求心力となるだろう。

[※4]参照:「古くて懐かしい『レトロ』住宅をあなたの手でセルフビルド!堀川DIY実験、はじまります。」http://kyoto-juko.jp/horikawa/html/page4.html

堀川団地の「内」にある主体の多様性

まちづくりのビジョンに関して、2012年における「福祉の地産地消」と、2013年以降の「アートと交流」は、当然ながら両立すべきものだ。むしろ、その「交流」の対象をいかに幅広くとらえられるかこそが、その両立のための鍵になるだろう。ゆえに、そうした多様性が「見えてくる」状況をこそ整備すべきではないかと考えている。

「外」からの視点や実践と、「内」で起こっている状況とがあわさってはじめて、先の「アート」の定義で見た、いわば「楽しく」されるべき「日常」が見えてくる。ここで、堀川団地の「内」に関するトピックをいくつか紹介したい。

・西陣アート&クラフトセンター、留学生センター
現在、京都府が上長者町団地を建て替え、設置を計画している、伝統産業の職人向け工房やテナントが入る「西陣アート&クラフトセンター」と、「留学生センター」によって新たな人が地域へと入り、これまでとは異なった風が吹くことは確かだろう[※5]。

上町者町団地

上長者町団地

・堀川団地が位置する待賢元学区における取り組み
「アートと交流」という際に、堀川団地を通してその界隈の「日常」までを可視化することが望ましい[※6]。京都大学大学院で住まい、まちづくりを研究する傍ら、地域活動支援を行う土井脩史氏は、堀川団地が存在する待賢元学区における、「マンション住民をはじめとする移住者を地域に迎え入れる取組」をレポートしてくれている[※7]。

・堀川こぶしの里デイサービスセンター
また堀川団地の「内」における状況として着目すべきは、高齢化が進む堀川団地に設置された、七野会が運営する「堀川こぶしの里デイサービスセンター」の開設だ。

京極ダイニング

京極ダイニング

・NEW STANDARD CHOCOLATE kyoto、京極ダイニング
同様に注目したいのは、福祉の観点からまちづくりの活動を行うエクスクラメーション・スタイルの取り組み。障害者が働くチョコレートショップ「NEW STANDARD CHOCOLATE kyoto」[※8]と、店内で飲食せずとも、Wifiを使うこと、商店街内で購入した食べ物を持ち込むことも可能な「京極ダイニング」は、京都堀川団地再生まちづくり事業の「まちカフェ事業」として運営されており、「福祉の地産地消」と「アートと交流」との両立を考える上での重要な取り組みとなるだろう。

[※5]参照:「京都市|京都堀川「西陣アート&クラフトセンター(仮称)」整備運営計画に係るプロポーザルの公募について」
http://www.pref.kyoto.jp/sanroso/news/hrkw/accplan.html
[※6]堀川団地の周辺に生まれている興味深い店舗にも着目したい。例えば堀川団地の西へ進んだところにある「cafe marble」や「FOIL」が入るビルなど。
http://horikawacommon.tumblr.com/post/77789021761/cafe-marble
[※7]参照:京都移住計画|地域参加のススメ 土井脩史「京都に伝わる「町」と「元学区」」
http://kyoto-iju.com/chiiki/
[※8]参照:夢の貯金箱「福祉には、まちづくりの主役になれる力がある」
http://yumecho.com/stories/20141006/

最後に:よりよい状況の「索引」を考える

こうして、堀川団地のこれまでを簡単に振り返り、現在までに行われてきた取り組みを見てきた。

「アートと交流」の名の下に実現されるべきは、「福祉の地産地消」によって地域の暮らしが豊かになり、「外」からの視点によって地域の顔が新たに発見され、それが「資源」として「外」へと紹介され、継続的に「外」から新たな「資源」を受け入れる、そのような「日常」ではないかと考える。さらに言えば、団地内からその界隈まで地域の範囲を広げ、地域の活動や、居住の選択肢として界隈の物件までが提供されるような状況が生まれるとなお良いだろう。

こうした状況における「索引」を考えると、現在のように、「団地再生まちづくり」「堀川商店街」「個別のアートプロジェクト」などというかたちで情報伝達の媒体が分断しているという現状は解決すべき問題だろう。その上で、単に「何がそこで行われているか」が分かるだけではなく、「外」と「内」に向けて、それぞれ適切なかたちで情報を伝える経路を用意することが必要ではないかと考えている。

先に見てきたとおり、団地内部では回覧板という伝達手段が現在でも生きているため、これを一層活用すべきではないだろうか。団地の「内」で行われる取り組みやそのプロセスは回覧板という方法で共有する。一方で、どのような店舗が商売を行い、どんな主体がそこに関わっているか、またどんな空き物件が地域に存在しているか、といった情報はウェブサイトなどを通して「外」へも知らせていく。ウェブサイトを見て堀川団地へと訪れた人たちが、地域で流通する回覧板を見ることができる機会を設けることができれば、より立体的な地域との関わりの経路が見えてくるかもしれない。

「アートと交流」というときの、「交流」は必ずしも直接的な交流に限られない。むしろ個々の取り組みは「ブラックボックス」であっても、その集積が対外的な求心力となる場合もあるはずだ。すでに堀川団地をめぐって様々な取り組みが行われている。そうした取り組みを継続させるためにも、堀川団地再生まちづくりにはよりよい「索引」が必要だと考える。適切な情報共有/提供の仕方をめぐる議論は、今後も展開していくべきだろう。(了)

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