文学

AIR in Amsterdam

2015.01.10

オランダ国立芸術アカデミー(ライクス・アカデミー)のアーティスト・イン・レジデンス・プログラム

2014年11月29、30日にアムステルダムにてオランダ国立芸術アカデミー(ライクス・アカデミー)のオープン・デイが開催された。ライクスアカデミーはオランダ国営のアーティスト・イン・レジデンス施設として世界から注目を浴びるも、日本で紹介される機会はこれまでになかった。そこで、オランダ在住の筆者が訪れたオープン・デイの様子をレポートする。

オランダ国立芸術アカデミー(ライクス・アカデミー)のアーティスト・イン・レジデンス・プログラム


 オランダの首都アムステルダムにある、オランダ国立芸術アカデミー「Rijksakademie van Beeldende Kunsten(ライクスアカデミー・ファン・ベールデンデ・クンステン、以下ライクス・アカデミーと記載)」は、オランダ美術教育機関の最高峰といわれる施設。オランダを代表する画家のモンドリアンやカレル・アッペルらも、ライクス・アカデミーの出身だ。通常芸術アカデミーと言うと、芸術大学のようなものを想像するが、ここではカリキュラムやプログラムなどはなく、アカデミー独特のスタイルやコンセプト、規則も義務も存在しない。アーティスト・イン・レジデンス施設として、アカデミーの広大な敷地内に個別のスタジオと制作費があてがわれ、アーティストたちは経済的なプレッシャーにさらされることなく、豊かで集中した環境下で独自のプロジェクトに没頭できる。
ライクス・アカデミーでは、毎年1500名以上の応募者の中から25名を選び、常時約50名の作家が滞在する。セレクト・アーティストの半分はオランダ国外のアーティストで、2014年はカメルーン、カナダ、中国、キューバ、エストニア、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、イギリス、イラン、イタリア、日本、リトアニア、パキスタン、ポーランド、ロシア、セルビア、スペイン、台湾、トルコ、アメリカ、ベネズエラ、南アフリカ共和国、韓国、スイス、ジンバブエからのアーティストが選ばれている。日本人作家の応募も多く、毎年必ず50名ほどの応募がある。
施設内には機材の整った各種ワークショップがあり、常時利用が可能。ワークショップは、木工、陶芸、金属があり、各ワークショップでは技術者が常駐し、アーティストたちの試作や研究をサポートしている。アーティストと技術者との協働により、新たな技術や制作プロセスの発見が生まれる事もしばしば。必要に応じて、科学者や特別な技術者たちの協力を仰ぐことも、ライクス・アカデミーのアレンジで可能となる。
さらに、国際的なアーティストや美術評論家、キュレーターなどから構成される、約20名のアドバイザーが存在する。アドバイザーはレジデンス・プログラムへの参加アーティストの選考審査を担当。選考審査では、作家のクオリティー、創造性のある態度、作家としての発展性について慎重に議論される。滞在中のアーティストたちに指導やアドバイスをするのも彼らの役割。アーティストが話したいアドバイザーを自分のスタジオへ招き、話をする事も出来る。
このように、文化や政治背景の違う、才能豊かなアーティストたちが、2年間にわたって新しい作品を生み出すべく、ハードとソフトの両面に力を入れていることがわかる。
外界と遮断された環境の中で、アーティストたちは様々なリサーチや実験、試作を繰り返し、没頭していく。素材や技術を知り、新技術の研究や、異素材のミックスなど、既成概念を超えた試行錯誤によって、制作の可能性を広げていく。そういった意味で、ライクス・アカデミーのアーティスト・イン・レジデンス・プログラムは、創造性を刺激する最適な条件と環境が整っていると言えるだろう。
さらにライクスアカデミーは、対外的に、アートと異なる技術者との協働を推奨し、大学や美術館、科学的な団体らとコラボレーションしたセミナーの開催も活発に行う。また、世界中の芸術機関とのネットワークがあり、過去のレジデンス参加アーティストたちは後に世界中のアート・フェアへ活発に参加、そして彼らの作品がMoMAやテート・モダン、ポンピドゥーなどの美術館にコレクションされるなど、ライクス・アカデミーのミッションのひとつ「世界レベルのアートのプロの輩出」へも貢献している。


ライクス・アカデミーのオープン・デイ


 ライクス・アカデミーは通常一般に公開されておらず、レジデンス・プログラムの終了後にも展示はない。だが、毎年11月末の2日間「オープン・デイ」が開催され、この期間のみ、誰もがライクス・アカデミー敷地内を自由に見学する事が出来る。1987年から始まった「オープン・デイ」は、今後が期待される作家たちによるクオリティーの高いアート作品が一堂に見られる機会ということで、オランダ国内のアート・ファンが毎年楽しみにしているビッグイベント。参加アーティストにとっては作品のプレミア展示となり、1年ごとの滞在の成果発表の場となる。「オープン・デイ」期間中は老若男女含む数千人もの来場者が詰め寄せ、混み合う。国内のほとんどのアート関係者はもちろんのこと、多くのジャーナリストや、科学者など異業種からの関心も高い。
今年2014年は11月29、30日の週末に開催され、現在滞在中の49名の作家がスタジオを開放、作品展示やパフォーマンス、映画上映、ラジオ放送などが行われた。さらに「Amsterdam Art Weekend」として、アムステルダム市内にあるギャラリーが一斉に特別展示を行ったり、様々なオープニングやトークショーなどが開催され、オランダ人の多くのアート・ファンが街に繰り出し、自転車で様々なアート・スポットをはしごする、アート一色の冬の一日だった。


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エントランス


 入り口で「Rijksakademie is here(ライクス・アカデミーはこちら)」と書かれたマップ付案内書を受け取り、2つの建物に分かれたスタジオ巡りを行う。まずはRingと呼ばれる2階のスタジオが並ぶ階から見学スタート。スタジオでの展示はアーティストごとに多様で、シンプルな絵画や写真作品の展示から、部屋全体をインスタレーション作品としたもの、映像作品上映のためスタジオを映画館のようにしたもの、パフォーマンス用に室内をさらに作りこんだものなど。


 Felix Burger (1982、ドイツ)は、スタジオ全体を荒削りで懐古的な空間としたインスタレーション作品を展開。壁には自身が出演する映像作品が流れ、室内中央のテーブルにはコードにつながれた50もの白い石膏の頭部が唐突に、カタカタと口を開閉しながらバッハの「マタイ受難曲」を一斉に歌い出す。


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 Young Eun Keem (1980、韓国/オランダ) は、スタジオでの身体的な空間の体験と音とを結びつけ、非物質的な要素で空間の再構築を試みる。15分の習作「キャスティング・デュエット」では、観客は彼女のスタジオに招き入れられ、スタジオ外でパフォーマーによって繰り広げられるノック音、歌声、足音などにより、耳を通じてスタジオの空間を再認識していく。


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 Hidden Studio(隠されたスタジオ)と呼ばれる大型のスタジオが地階に並ぶ別棟では、Janis Rafa(1984、ギリシャ)が、室内4つの壁の2つで大きく映像作品「Requiem to a Shipwreck, part of Requiem series」を上映。観客は室内に敷き詰められたふかふかの土の上を歩き、壁際に設置された椅子に座って22分の作品を鑑賞する。ギリシャの、日常的でありながらドラマチックな自然の中を、寡黙に儀式を遂行するかのような二人の男。道を走る犬。ストーリーはなく、土地と生と死が映し出される、観客の評価の高かった作品。【ビデオはこちら】


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 2014年に選ばれたアーティストの一人、有川滋男(1982、東京)は、写真作品「Positioning(ポジショニング)」と、スタジオ中央に映像作品とシルバーのオブジェが配されたビデオインスタレーション「Flashback(フラッシュバック)」を展示。有川の作品は、容易にそれが何であるか認識できないイメージを作成し、脳内での視覚イメージの固定化を遅らせる。見る者にとって、イメージが判別不可能なものとなることで、言語化できないイメージの本質に近づく事が出来る。今回有川は、「場所」、「時間」についてのアイデアをインスタレーションへ落とし込んでいる。
有川はスタジオにいて、次々に入場してくる観客たちから盛んに質問を受けたりしていた。そこで私も有川にライクス・アカデミーのレジデンスについて質問した。


―オープンデイでの観客の反応はいかがですか?


とても反応がいいです。作品の購入の話も出ています。


―レジデンス参加者は人数が多いですが、作家同志のコミュニケーションは活発ですか?


はい。多国籍の参加者なので、政治的な意見の違いで喧嘩になる事もありました。


―ライクス・アカデミーのプログラムはアーティストへのサポートが充実していて夢のような機会に思えるのですが?


ワークショップを自由に使えたりしますが、今回のオープン・デイを目指してみんなが一斉に作業を進めるわけです。だからワークショップや技術者の取り合いになり大変。しかもアーティストがそれぞれでプロジェクトを進めなければいけないので、言い方を変えれば放ったらかし状態とも言えます。


―アドバイザーたちとも定期的に会えると聞きました。


会えますが、全員とも言うことが違うので、僕としてはみんなの言う事を聞きすぎず、距離を置くようにしています。


有川さんと話して、多くの他のアーティストたちと対等に競い合える、作家としての強靭さを感じた。
「オープン・デイ」の期間中は多くのアート関係者が足を運ぶ。彼らは毎年、非常に多くのライクス・アカデミー参加アーティストの作品を観ている。日本人作家にとっては、議論をすることが非常に好きなオランダ人へ向けて、自分の作品をプレゼンし、意見交換の場がもてるとてもいい機会となることは間違いない。

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