美術

お風呂にアート?!京都銭湯芸術祭2014

2014.12.05

京都銭湯芸術祭2014

ゆっくり湯船に浸かり心身ともにリラックスできる至福の時間。そこにアートがあったなら?
2014年秋、第1回の京都銭湯芸術祭2014が開催されました。銭湯芸術祭実行委員会は、優れたアーティストを集め、京都の銭湯に隠された魅力を掘り出すことをめざし、京都市内の8ヵ所の銭湯に、若手アーティストの作品を展示しました。そうして見えてきた銭湯の魅力とは--。
展示会場のひとつ長者湯の店主と、銭湯芸術祭実行委員会の方にお話をうかがいました。

―銭湯芸術祭はどのようにして始まったのか教えてください。


実行委員:京都造形芸術大学の非常勤講師をやっている西垣は、銭湯に通いながら作品の構想を練っていました。そんな日常の中で、銭湯に自分の作品を展示するなら、どんな作品を作るだろうと考えるようになりました。しかし、油絵は壁や湿度などの関係上、展示するには無茶があるかなと。そこで、学生時代から作品を通じて知っていた、染色領域の塩見さんと井上さんに話をもちかけ、作品展示の相談をしたのが始まりです。でもこの企画に至ったのは、銭湯が身近にあったというのが一番の理由になるかもしれません。


―今年が第一回の銭湯芸術祭。どのような作品が展示されたのでしょうか?


実行委員:会期中ずっと同じ作品を展示するというよりは、徐々に変化させていく作品が多かったですね。例えば、映像作家の森本さんは、会期中、一週ごとに新作を撮影し、オムニバス形式の3部作を上映しました。芸術祭会場の銭湯8店舗、そしてそこにまつわる人々を登場人物にした、銭湯の一夜物語です。

きいろいいえさんも会期がはじまってから作品の配置、内容を変えていました。何かの形に切り抜いたフェルトを追加したり、作品として使っていたハーブをお湯に入れ、ハーブ湯を振る舞ったり。彼らはお客さんとの関わりも大切にしていて、彼らが作ったうちわを作品の素材と交換してもらったり、お客さんに作品の展示場所を決めてもらったりと、様々なコミュニケーションを試みていました。


―銭湯の経営者と、アーティストはどのように展示プランを組み立てていったのでしょうか?


実行委員:プランは基本的にアーティストにお任せしていたので、経営者とどこまで話し合うかについては、それぞれ兼ね合いがあったと思います。例えば、大徳寺温泉に展示されていたのは、鏡に水滴のような加工をしたアクリル板を張った作品なんですけど、できれば全部の鏡にしたいっていう思いはあったみたいですね。けれど、お客さんはもちろん鏡を使いたいので、当初の案は実現できませんでした。そういうわけで、常連さんが嫌がらない部分のぎりぎりまで突っ込んで行って、アーティストも自分の作品のコンセプトが揺るがないくらいのぎりぎりの部分を探っていて。どこからどこまで出来る/出来ないのかを、会期までにお互いが話し合いを続けていました。


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「水鏡/mirror of water」小松綾@大徳寺温泉


長者湯:最初は後藤君と本田君という知らない子がうちにくることが決まって、どんな展示をするんだろうかと不安に思っていたけど、実際に出来上がりを見たら、良いものにしてくれたなと思いました。うちの嫁さんがお花をやっているのもあって、「ここに赤とか黄とか色いれたほうがいいんちゃうの。」って言ったらすぐに次の日、彼らが色を変えにきましたよ。そこから3回も色を変えていったんです。


―お客さんの反応はいかがでしたか?


長者湯:最初はこの芸術祭でどれだけお客さんがきてくれるのか心配だったけれど、序盤は見たことないお客さんが一日に2~3人くらい、おそらく作品を見るためにきてくれました。そして終盤にかけてだんだん若いお客さんが増えました。そうするとネットを見てきましたとか、ホームページを見ましたと言って来てくれて、最終の木・金・土・日はお客さんの数がすごかったですね。


実行委員:伸び率はありましたね。そして、審査員が銭湯を巡回して行った審査会では、あるアーティストが立ち会えなかったのですが、お客さんが「この作品はなあ。」と代わりに説明するという場面もみられました。ほかには「この芸術祭を何のためにしているのかわからない。」という意見も最初の頃はあったのですが、こういった形式の展示は、お客様に予備知識がない状態で見せることになるので、一ヶ月という期間で、これはなんなんだろう?と考えてもらいながら、徐々に受け入れていただけたのかなと。


長者湯:一般人向けのわかりやすい作品っていうのかどう言えばいいかわからないけれど、これくらいの方が市民感覚ではなじみやすいです。突拍子もないものが私たちはアートのように思うんだけど、こういう店になじむような形で身近にあってこそ、お客さんにも自分たちにもなじんでくる。そんな形でお客さんが受け入れてくれたんじゃないのでしょうか。


―お風呂場にはなにもなく、脱衣所でなにか行われているとか、様々な展示が銭湯の中で展開されていると感じたのですが、銭湯という場所性を活かした展示にどのような可能性を感じていますか?


実行委員:京極湯には任侠もののポスターがもとから貼ってあって、そのなかに作家の吉田さんが描いたグラフィカルな作品が並んでいました。通常だとその二つが並列することないですよね。また違う銭湯ではおかみさんが毎日丁寧に生け花を生けているのですが、そういうものと作品が同じ場所にあるっているのは、銭湯ならではだと感じます。元からあるものが、作品を置くことによってアート作品に見えてくるような。


長者湯:銭湯は地域によってさまざまやし、お客さんによっても違います。よく喋るお客さんがいたとして、ほかの人もつられて喋ってその場は賑やかになるけど、そのお客さんが帰ったらほとんど会話もなく、淡々とお風呂だけ入っている時間もある。


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「Change a Face」吉田 雷太@京極湯


実行委員:時間関係なく常にそこにある作品と対峙する美術館に対して、銭湯での展示は見に行く時間によっても一緒にいるお客さんによっても体験が変わってきますよね。湯船に浸かる時と作品に向かう時のテンションも全然違うように。

あと銭湯が面白いと思うのは、人の裸をみる空間であり、一番無防備な姿で作品と向き合う場所という点でまだまだ可能性があります。芸術を知っている/知らないという立場をなくして、同じフィールドで作品をみると、美術のルールが適用しないのでとても面白いです。この空間があってこその作品だと言えるように、銭湯に新しいジャンルのアートとして発展していけたらいいなと思います。


―銭湯芸術祭の来年の開催が決まったところですが、芸術祭と銘打ったものが何年も続いていくと、最後はルーティーンワークになってしまいがちだと思うのですが、これから銭湯芸術祭が広がりをもち、常に新しいものを発信し続けていくために、現段階ではどのようなことを考えていますか?


長者湯:個人的には、次回はうちでの開催はないと思っています。市内に120店舗も銭湯がある中で、同じところばかりやっていても広がらないと思っています。メディアに掲載されてお客さんが増えるというプラスの面ばかり見えるけれど、そんなにいいことばかりではない。銭湯はだいたい午前中は休みだけれど、朝10時に搬入するとなると早起きせなあかんし、負担にもなる。でもそれはお客さんにきてもらいたいという思いもあって協力しているわけです。芸術祭に参加してはじめていろいろな面が見えてきます。だから今年参加した8店舗とはまた別のとこを探してやるのがいいのではないかと思います。


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「非時香菓(ときじくのかくのこのみ)」後藤雅樹 × 本田陽一郎@長者湯


実行委員:アーティストの側からすると、面白いことをやるのは前提なんですけど、理解してもらわなくてもいいやとか、専門家にだけわかってもらおうというスタンスで作っている人はいると思いますが、それがいいのかと言われると違う気がしています。芸術のどこかには、誰もが万遍なく理解できる面白さがあると思います。人がいて、空間があって、その先にようやく作品が見えてくるという銭湯の特徴を生かして見せ方のフォーマットを考えていきたいです。先ほども述べたように、一般の人か専門家か、あるいは両方、だれを対象に作品をつくるのかという方向性がそれぞれに見えてきたとき、いまの段階では、どの方向性も保持しておきたいと思います。そして新たな芸術のジャンルの開拓を根底に、アーティストからの一方的な働きかけではなく、お客さんや経営者もお互いに変わっていくことを、この芸術祭の魅力のひとつとしながら活動していきたいです。


■取材:2014年11月6日(木)長者湯にて

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