2023.03.28

大道良太_Column 3「猟欲」


静寂の山に現れた不純物かの様に猟犬たちの鳴き声が響き渡る。
途端に山は賑やかになり、否応なしに想像力を求められ世界がカラフルになる。
狩りが始まったのだ。

僕には聞こえる、猟犬たちの声が…
「いたぞ、見つけた、見つけた。ここだ、ここだ、みんな、集まれ、集まれ。」
「にげた、にげた、待て、待て。にげた、にげた、待て。」と。
猟犬たちの鳴き声は、言葉となって次に何をすべきかを教えてくれる。

興味を持てない人には「ワン、ワン、ワン、ワン、ワン、ワン」としか聞こえないだろう…
しかし猟犬たちは明確に意思を表しているのだ、そこには情報が含まれている。
読み取れるかどうかは使役する側である猟師の技量次第だ。
声から想像し、予想して、行動に移す。
すべては猟果へとつながる。

頼りになるのはいつも猟犬の鳴き声だ。
狩りはいつも猟犬の鳴き声から始まるのだ。

井上も歩みを止めて、猟犬たちの声に耳を傾けている。
タツマ(※1)を務める者たちの気も引き締まったに違いない。

耳を澄ませて鳴き声の行方を確認する。
尾根を下ってすぐの藪で鳴き出したその声は、一気に中腹ほどにまで下って左に移っていく、逸れていく。
あぁ、そっちなら問題ない、その先にはすでにタツマを数名立たせている。
もう暫くすれば鉄砲が鳴るだろう…
もうすぐだ…



ん? なぜ銃声が聞こえない?
井上と顔を見合わせる、彼女もなぜ?と問うてくる。
…見られたか? 
尾根の中腹を水平に横断するように追いかければ必然、谷に出会う。そこにタツマを配置しているが、犬を振り切った獲物はわずかにできた時間的ゆとりを活かして、持てる限りの警戒心でその先にある谷が安全であるかを判断する。
タツマの僅かな動き、鉄砲からする火薬の臭い、その危険な気配を察知し進路を変更したのだ。緊張感と焦りから少しでも早く獲物の姿を確認しようとタツマがわずかに覗き込む。その違和感を獲物たちは逃さない。

谷は横切らずにその手前で再び尾根を上って来るに違いない。獲物に余裕があるときは上がって来る、逆に猟犬が優勢であれば獲物は危険を冒してそのまま谷を横切るか下って逃げるのがセオリーだ。
先回りして尾根の側面で銃を構えて獲物を待つ。




ドッ ドドッ、ドッ ドドッ。 
来た… ん? 
シカだ… 

…シカか。
早朝から見切りをし、狙った獲物だけを獲る。そのスタイルにこだわってやって来た。

見切りをしなければ、その山には何がいるか分からない、それでは捕獲しても獲ったとは言ってもらえない、偶然そこに獲物がいたから獲れたとケチを付けられるのが落ちだ。
同じ捕獲であっても、価値が大きく違うのだ。獲物が少なくなればその意図するところは明確に表れてくるだろう。
“獲った”と“獲れた”にこだわって、納得できる狩りをやりたいのだ。

静かに銃を降ろし、30m ほど先を行くシカを見やる。
数分と経たずして猟犬たちも姿を見せ、前を行くシカのルートを見事なまでにトレースしていく。
ガイド線でも引かれているのかと感心して見とれてしまう。
猟犬たちも行ってしまった。
まあいい、そのうち諦めて戻って来る。

尾根に戻り、井上と合流する。
「シカだったよ。」
「シシはまだ中かもね。」
彼女はまだ今日の狩りを諦めていないようだ。

猟犬が戻ってくれば、再び狩りは始まる。
頼りになるのはいつも猟犬の鳴き声だ。
狩りはいつも猟犬の鳴き声から始まるのだ。
 

二月の積雪を踏みしめて、再び二人は歩き始める。



※1… 下調べした獣道に銃を持って待つ猟師。山の縁にて勢子や猟犬が追い出した獲物を射獲する。



>>> 大道良太_Column 1「跡見」
>>> 大道良太_Column 2「勢子」








大道良太 おおみち・りょうた
1979年京都市生まれ。2002年京都精華大学人文学部卒業。日頃、自動車整備士や養蜂家として働きながら、狩猟をおこなう。
京都府猟友会の支部長を務める父の下、京都北山にて伝統的な巻き狩り猟を5年間修行したのち、猪犬を用いた単独猟をはじめ、全国で狩猟の見聞を広める。大日本猟友会狩猟指導員、京都府緑の指導員などを兼任。
おもな活動に、環境省主催「ビギナーのための狩猟講座」メインコメンテーター、総合地球環境学研究所「熱帯泥炭社会プロジェクト」植林地害獣捕獲アドバイザーなど。論考に『犬からみた人類史』(勉誠出版、2019年)がある。

Profile photo by Ami Inoue
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