Photo by Ayaka Onishi
直感だけを頼りにぐんぐんと獣たちの道を進んだ。
やがて木漏れ日に溢れ、鳥が人の気配を気にせず自由に飛び交う場所へと到着する。
時たま感じる視線は頭上でゆっくりと風に揺れる木々だ。
こちらに好奇心も持ちつつも穏やかに見守るような姿に安心感をおぼえる。
地中で静かに水を飲み、小さな生き物たちを根にかくまい、私たちの吐きだす二酸化炭素を酸素に変えて世界に戻す木々たちは、そこに立っているだけのようにみえて日々懐深く私たちや地球のお世話をしてくれている。
ゆりかごのような山のリズムに身を委ねると、社会で生きる私たちが日々無意識に身につけていく無駄な力が抜けていく気がする。
固く閉じてしまった心が開いていき、呼吸が少しずつ深くなっていく、そんな自分の変化に寄り添っているとまわりの音がより鮮明に聞こえるようになってくる。
風に揺れる木々。
微かな小川のせせらぎ。
足元で鳴る葉枝の折れる音。
こうしているうちに、自然と自分の中から音が溢れてくる。
背中に暖かな陽を受け、はらはらと心が解けていく心地良さを引き金に、身体中の血管を伝って音が行き渡っていく。その感覚を頼りに目を瞑り、深呼吸。
耳元で鳴るピアノの一音一音に耳を澄ませ、曲の詩を書いたときの記憶を呼び起こす。
時空を超えて押し寄せる感情を、親友の話に耳を傾けるように今現在の自分が受け入れる。
目をあければ場の幸福感に包まれながら、ひとつ歌を歌い終えていた。
そしてまたひとつ、ふたつ、みっつ。
音楽を始めたばかりの頃、密閉された空間のスタジオに入ると途端に歌が歌えなくなった。
当時自分の部屋で誰に向けるでもなく歌っていた私が、急に知ったプロフェッショナルな空間にいろいろな意味でついていけなかったのだと思う。
ファーストアルバムの制作を共にしてくれた友人には本当に申し訳ないのだけど、そんなことで歌の録音は何度録ろうと上手くいかず、場所が問題なんじゃない?!と考えた末に録音の機材一式を抱えて、私たちは壁も天井も無い山へ録音をしに向かったのだった。
作戦は成功し、無事に一枚のアルバムを録り終えることができた。
こうしてファーストアルバムを録り終えて以来、私はいつも心のポケットにお守りを持ち歩いている。
太陽の煌めきのまばゆい水面や、草原を走る野生の馬のように自由な風。
微笑みのようにあたたかい陽だまりに、全てを見守ってきたような木々の眼差し。
記憶なのか空想なのか、どちらでもいい。
ひとつひとつの幸福な情景はお守りで、目を閉じれば煙のようにもくもくと立ち上がり、たちまち空間をその情景で埋めてしまう。
満員電車のなか。
スタジオでのレコーディング。
はたまた怖くて眠れない夜。
このお守りはいつだって頼もしい。
どこにいようと、暖かな世界に包まれるのだ。
大人になると現実や事実を真っ向から受け入れること、そしてそれが物事の全てだと思いがちになるけど、少しのファンタジーは健やかな心の為に必要だ。
大好きな友人と何気ない時間を過ごしているとき、大きな決断をしたとき、こんなことを想像する。
いつか歳を取っておばあちゃんになったとき、しわしわの手の中にどんなお守りを握っているだろうか。
選りすぐった幾つかを大事に持っているかもしれないし、瓶の中の飴みたいにたくさんカラコロと持っているかもしれない。
身軽さと気軽さをとって何も持ってないなんてこともあり得る。
これからどんな情景に出会い、別れ、記憶し、手元に、残していくのだろうか。
どんなときも、歌は側にいてくれたらいいなと思う。
LUCA
1994年カリフォルニア州バークレー生まれ。シンガーソングライター。
2015年にファースアルバムとして「So I began」を発表。同時に自身のオリジナル楽曲制作とは別に日本各地に伝わる民謡を唄い繋ぐことを始める。最新作は写真家・Miho Kajiokaの写真を迎えた民謡集「摘んだ花束 小束になして」。
ソロ名義の活動の他、坂本龍一、There is a fox、haruka nakamura、似非animal、 ダンサー苳英里香らとコラボレーションも重ねる。
ナレーションや翻訳など音楽の垣根を越えて活動は多岐に渡り、カリフォルニア、デンマーク、パリ、東京を経て、現在は京都を拠点に活動中。
Profile photo by Yokoe Misaki