写真展 「生きづらさを乗り越えて(壱)」
「生きづらさ」の中から、そのような特性を持った個人を一人の「人」として、丸ごと理解し、「生きづらさ」の困りから、周りの友人、仲間、同僚から認められ、生きいきと特性を生かした仕事に従事し、家族と共に過ごし、愛情にあふれた生活を送ることで、メンタルヘルスを獲得していく。そのためには心理学や教育、医療の分野での協力や連携によってなされることも多いが、まだまだ、現状はそのような状況に至っていない。そして、多くの関係者はまだ十分に理解が進んでいるとは言い難い状況下で必死の努力を続けている。社会がこの「生きづらさ」を乗り越えるための政策や行動が当たり前になる、
「社会的メンタルヘルス」が確立されるまでにはまだまだ時間がかかりそうであるが、我々が目指す社会の在り方としては必要な方向だと思う。
今回、そのような「生きづらさを乗り越えて」というテーマを設定し、写真作品に挑戦してみた。
一般に発達障害といわれる子どもたち。20年ほど前に教育現場で「ジャイアン、スネ夫症候群」と藤子不二雄氏の「ドラえもん」の登場人物の特性になぞられて表現されてきた事象があった。その後、発達障害(developmental disorders)としてヨーロッパやアメリカで研究が進み、わが国でもそれぞれの特性から広汎性自閉、アスペルガー症候群、自閉症スペクトラム(ASD)、注意欠陥多動性症(ADHD)、学習障害(LD)などと呼ばれ分類されている。これらの特性を持った児童生徒は必ずしも学習に遅れがあるわけではないが、学校の教室で学習や様々な活動状況に適応できずにパニックを起こし他の児童生徒、指導の先生に手を煩わせることがあった。また、それらの特性からいじめや疎外などにより派生した、「引きこもり」や自傷行為、鬱、攻撃性、家庭内暴力といった「二次障害」と言われる状況に追い込まれ、ますます学校生活を送りにく くなってくる。教育現場ではそのような特性を持った児童生徒に対して、教室の掲示をシンプルにして集中しやすくしたり、複数の教師が指導に入ったり、タブレット端末を使ったり、別室で個別指導をしたり、指導主事などの専門家の支援を受け個別の指導計画を作ったりなどして、それらの児童生徒の学習を支え、活動を支援してきた。
そのような支援が行われなかったり、それらの特性の理解が得られなかったりすると、
「引きこもり」や鬱病を発症したり、暴力的な行動が見られたり、パニックを起こしたりしてきた。一般には知られていないが少年院送致になる子どもたちの中にもこれらの特性を持った子どもたちがたくさん含まれているのは教育界では周知の事実である。
今日、教育現場ではこのような特性を持つ児童生徒はクラスに複数いると考えられている。一説によると6%~8%の子どもたちがそのような特性を持つといわれている。その数は決して少なくない。とはいえ幼少期より保育士らによる気付きで早期に対応できることも多くなり、保護者の理解も得られるようになってきた。医学的に診断して「治療」する方法も研究され、一部の発達障害については投薬治療やカウンセリングなど
で医学治療が進んでいる。
それらの特性を持つ児童生徒は、いつまでも児童生徒ではない。やがて成長し社会に出て生活するようになる。社会に出た発達障害の特性を持つ人々は学校時代とは比較にならないほど過酷な状況に追い込まれる。「引きこもり」や鬱病の発症による自殺、暴力性など「生きづらさ」を感じて毎日の生活を送っている。しかし、欧米では医者にアスペルガー症だと診断されると喜ぶということも伝え聞く。それは歴史上、天才といわれてきた人々の多くがそのような特性を持っていることがその原因のようだ。確かに、これらの特性を持った人々の多くは医者や学者、芸術家などの分野で成功を収めている人が多い。また、その特性を生かして、丁寧で緻密で正確な作業ができるため、仕事上でも成功している人も多い。しかし、そのように仕事上で成功していても環境が変わったり、重責を担わされたりするようになるとうまくいかないことがあったりする。
そこで、これらの特性を持った人たちがその様々な「生きづらさ」を乗り越えて、社会の有能な一員として幸せに生きていけるようなメンタルヘルスを目指していく様子を何とか写真作品として表現したいと考えた。
まだまだ、稚拙な作品でお恥ずかしい限りだけれども、今日的なテーマで写真作品を撮ることは今後ますます必要になってくると考える。今回は特に自分の前職(教師)の関係から発達障害というテーマを選んだが、「生きづらさ」は他の障碍においても、多様性の問題でも、エネルギーや環境問題、戦争と平和、ジェンダーやフェミニズム、ヘイトクライムの問題など、追及すべきテーマは数多い。
そんな社会で生きていく人々、若者であれば若者なりに、我々のような年寄りは年寄りなりに、子育て世代は子育て世代なりに問題意識を持ち表現していければ、これからの写真作品は充実したものになっていくように思う。多くの SNS 上であふれている「刹那的な写真」から人々の「気づき」、すなわち「生きづらさ」を乗り越えようとする苦悩から生まれる創造的作品としての写真が今後も広く評価されていくよう期待する。
事物が事物として正確に写し撮れる写真世界で人の内面や心象を表現する手段として、今後もさまざまなテーマで作品作りを続えていきたい。
この作品作りに対して、写真仲間をモデルとして協力いただいた。彼女はアマチュアながらモデルの経験もあり、私のテーマを理解し、様々な場面で必要な演技をしていただき、一つの「物語」として作り上げた。貴重な休みをつぶしてまで協力いただけたことに心から深く感謝したい。また、光画道場の写真仲間や先輩写真作家、「ごはんや嬉々」さんの協力も得られて嬉しい限りである。併せてお礼を申し上げたい。
木村晃造先生に捧ぐ
2023.09.29
(財団法人)二科会写真部 会友日本写真芸術学会 会員
京都写真芸術家協会 京都丹平 キャノンフォトクラブ京都
鈴木直史