児玉画廊|京都では6月21日(土)より 7月26日(土)まで、升谷絵里香「Tipping Point」を下記の通り開催する運びとなりました。升谷は各地で様々なプロジェクトを実行し、そのドキュメントとしての映像をインスタレーションとして発表しています。2011年の個展「For the Sake of the Moment !!」(児玉画廊|京都)、瀬戸内国際芸術祭2013における「Wonder Island」(小豆島、三都公民館:旧三都小学校体育館)など、積極的な制作発表を継続しています。
ボートで島を動かす (作品名:「島を動かす」、「Wonder Island」)、クリスマスツリーを洗車機にかける (作品名:「X洗車」) など、これまでの作品を例に挙げれば、文字で見る限り、いかにも突飛なアイデアが並びます。これらのアイデアを、万難を乗り越え完遂してく一連の行為と事の顛末をベースに映像インスタレーションが形作られます。
「島を動かす」の舞台は小豆島で、海岸に打ち立てた杭に括り付けられた長いロープをラジコンボートに接続し、それを20台並べて沖に向けて一斉にスタートさせます。すると、多頭引きの馬車のように力強く小豆島をぐいぐいと引っぱって進んでいくようではあります。しかし、それではあまりにも安易な事の次第でしかありません。程なくその勇壮な様子に変化が生じます。20艘のボートをたった一つのリモコンで操作しているために制御不能となり、方向を失って狂った様に迷走するもの、惰性であらぬ方向へふらふらと流されて行くもの、ラジコンを繋いだロープは乱れ絡み、かくして状況はあえなく破綻の時を迎えます。瀬戸内の穏やかな海景を背にし、20艘のけたたましいモーター音もやがて尽きて、虚しいボートの成れの果てを淡々と映し出すドキュメンタリー映像は、どこか悲哀にも似たユーモアを醸し出しています。
ここから派生した作品として、発泡スチロールで形作った小豆島の模型を今度は作家自身が手漕ぎボートで牽引し、実際の小豆島の沿岸を周回する「Wonder Island」があります。ロードムービーのように、ただひたすら漕ぎ、懸命に島を牽引して行くその様子を船上からの臨場感あるアングルと遠くから観察するような視点とを織り交ぜながら映像化しています。刻々と移り変わる海の光と景色の中、右往左往しながら島と共に数時間の船旅をする。劇的なことは何も起こらず、ただ「島を動かす」という意味の分からぬ使命のためになされた行為を眺めているだけなのにも関わらず、鑑賞者は、映像の中で作家が帰港した時、心地良い達成感と不思議な感動を追体験するのです。「島を動かす」と「Wonder Island」において掲げている「ボートで島を動かす」という目標は、実際のところは何かハプニングを起こす為のお題目であって、どのような事態になるのか想像が及ばないまま、何かが起こる予感 (何も起こらないかも知れない可能性も含めた予感) だけを頼りにプロジェクトは敢行されます。案の定、予期せぬイベントに発展して、プロジェクトは当初の目標から乖離して、別のストーリーへと変容していきます。
「クリスマスツリーを洗車機にかける」作品、「X洗車」では、千葉の街中にある殺風景なコイン洗車場を舞台に、なぜかいっぱいに飾り立てたクリスマスツリーが洗車機にセットされています。このシチュエーションを目にして、鑑賞者はまず思考停止に陥ります。分析できずに戸惑っているこちらを尻目に、洗車機は唸りを上げてツリーを容赦なく洗い上げていきます。吹き付ける水量の凄まじさ、回転ブラシの容赦ない暴力、一度始まれば止まること無くルーティーンをこなして行く機械的な行程。何度もなぎ倒され、デコレーションを周囲にまき散らしながら、必死に立ち続けようと耐え忍ぶツリーの様子に、洗車機とはかくも残酷なものであったかと不覚にも感傷に胸を痛める羽目になるのです。
升谷のアイデアは確かに突飛ではあるけれども、鑑賞者は始めの内は予定調和な結末を想像しながら傍観者の視線を作品に向けています。しかし、一旦予期していたストーリーとは異なる方向へ事態が転換し始めると、冷めていた期待は途端に妙な昂りへと変わり、さらに結末を迎える頃にはその顛末の渦中の人さながら、ある種の感情とその余韻に浸ることになります。
今回の個展では、千葉県の本須賀海岸で撮影された「煙を起こす」プロジェクト(タイトル未定)、洗車機用回転ブラシを使用したインスタレーション「Stereamer Mixer」などが展開されます。人気のない砂浜に発煙筒のいかにも人工的なピンクの煙がぽつぽつと吹き出しては霧散していく様子が映像に映し出されます。当初のプランでは13の煙が一挙に噴出する予定でしたが、実際には導火線の状況によって着火までかなりの時間差が生じ、あちらこちらでランダムに煙が上がるという想定外の状況になりました。しかし、この締まりのない状況においても、その行為と風景のミスマッチさ、奇異な現象が起こっているという事実、それを淡々と映像として記録し、提示します。そして、その映像の投影画面と重なるような位置に「Stereamer Mixer」が展開されます。おもむろに、床から垂直に突き立ち、回転するブラシが映像の一部を遮り、鑑賞者の動線と視線を邪魔します。映像作品がプロジェクトの行われたある特定の場所と特定の時間を提示する物だとすれば、「Stereamer Mixer」は対照的に、「今」「ここ」という場所と現在進行形でそれが作用しているこの空間を強烈に意識させます。この装置は、映像の中で繰り広げられるプロジェクトの臨場感を鑑賞者に想像させる起爆剤となり、また、ブラシが屹立し回転し続ける様子は、映像の中で風に渦巻きながら上昇していく煙の様子との視覚的な相関関係を生んで、空間と時間を撹拌します。升谷の作品において、「Tipping Point」(事象の転換点)、それは劇的なる瞬間ではなく、漫然と、しかし確実にその時を迎えるのです。