KAB Dialogue インタビュー/対談

Vol.41

対談2015.03.20 UP

大見新村は仕事や暮らしに重なりあうのだろうか

大見新村プロジェクト座談会 ~勤め人編~

  • 参加者:河本順子、榊原充大、夏川沙貴子
  • 聞き手:本間智希、山田毅
  • 写真提供:大見新村プロジェクト

大見新村プロジェクトは、京都の市街地から車で60分の大見村を舞台に、廃村状態にあったこの地に ”新しい村”をつくるプロジェクトです。「廃村を新村へ」をスローガンに、3年目である今年は延1,500人ほどが村に通っています。大見新村に出入りしているメンバーは職業も年齢も背景も様々ですが、その中でも今回は「関東からの移住者」「学生」「勤め人」「女性」という4つのカテゴリーにわけ、カテゴリーごとに座談会を行いました。日頃語られることのないそれぞれの背景や思いを、それぞれの立場から語っていただきました。

第1回・関東からの移住者編はこちら

第2回・学生編はこちら

第3回目となる座談会は、大見新村プロジェクトに関わる勤め人に集まっていただきました。市民による読書会picasom(ピカソム)を主宰している河本さんは、滋賀の職場で働きながら大見新村では広報のカメラマンや開墾部長として活躍しています。また夏川さんは、京都の大学院で建築設計学専攻を修了。プロジェクトには初年度から参加し、2年目の2013年は運営や小屋の改修など中心メンバーとして参加していました。左京区在住の榊原さんは建築リサーチ組織RAD(ラッド)に所属し、プロジェクトの立ち上げ時期から参加。生活インフラのプロジェクトに参加しています。参加のタイミングもきっかけも拠点も職業も異なる3人は、どのような経緯で大見新村と巡り会い、いまプロジェクトをどのように見ているのでしょうか?

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第3回座談会風景

RADがいなかったら大見新村に関わらなかった

山田:今回が3回目で勤め人というくくりの回になるんですが。

本間:平日フルタイムで働いていらっしゃる方々ですね。フリーランスの立場で働いているわけではなく。

山田:直接的に大見が仕事に重なるか重ならないかという視点で、研究者の場合は自分の研究対象として大見に行くことで仕事と重ね合わせることができると思うのですが、そうではない人たちに集まってもらいました。勤め人が土日の時間を使って大見に行くのは、それなりに時間を割いているという現実があるかと思います。僕はみなさんの大見にいるときしか知らないので、ふだん何をしてるんですか? というところから聞きたいです。

本間:普段どういう仕事をされているのでしょう?

山田:学生たちから質問がありまして。

本間:平日働いているのに、わざわざ土日に大見へ行って泥だらけになって乳酸溜めて作業や労働をするのはなぜか、と。それに加えて、仕事終わりの平日の夜にミーティングに来て、次の日も仕事なのに深夜まで議論をして、、、、

山田:どういったモチベーションがあるのか、学生から率直な疑問が出ていたね。彼らは大見に行くことが、遊びの延長上だったり、趣味だったり、日常とあまり切り替えてないんですよ。

本間:サークルをやっていない子たちばかりだから、ある意味サークルのような感覚で大見新村に参加している感じ。

夏川:榊原さんはどんな仕事をしてるんですか?

榊原:僕もうやめるんだけどね。12月で。

山田:そこも含めて聞きたいですね。いまの仕事の働き方とか、大見での活動の仕方とか。

榊原:役所の都市計画局で嘱託職員として働いていまして。

夏川:知らなかった。どうして辞めるんですか?

榊原:12月でね。運営している建築リサーチ組織のRAD(ラッド)の仕事と二足のわらじでやってたけど、最近ちょっとRADの仕事が多くなってきて、正直余裕がない状況ですね。特別職公務員という立場で副業自体は許されているのですが、さすがに忙しくなってくると両立が難しくて。

河本:辞めてどうするの?

榊原:いまのところはRAD1本で。

本間:でもライフスタイルとして、9時か10時に出勤して、17時か18時には終われるっていうのは切り替えがしやすいかなと思います。

榊原:本当そうだね。それでも、町に対して貢献をする仕事なので、僕がRADでやっていることや思っていることと、とても密接に結びついているんだけどね。それがあるから選んだ仕事でもありました。

山田:どれくらい働いたの?

榊原:1年半くらいですね。2013年の6月くらいから。

河本:もともと愛知にいたんだもんね。

榊原:そうです。親が体調を崩した時期に実家の内装屋を3年くらい手伝っていて。

河本:役所の仕事を辞めるけど、愛知に帰るっていう選択肢はないの?

榊原:いまのところないです。

河本:それはけっこう思い切った決断やね。食いぶちはないけど、他にも何か色々とやられているとは思うんですが。目処があるのかなと。

榊原:大学の非常勤で教えていたり、記事を書いたり、個人的にも依頼された仕事をやっているので。まあ何とかという感じです。

河本:なるほどね。

榊原:それにRADの仕事が忙しくなってきたというのは個人的にはRADを始めた1人としては良いことだなと思っているし、ありがたいなと思っていて。少しでも一緒にRADをやってるパートナーたちも生活が良くなれば本望だと思ってます。それが実現できるように、一旦RADの仕事に絞って頑張ってみる時間を取ろうかと。

夏川:かっちゃん(川勝)とは何処で知り合ったの?

榊原:川勝さんが自分で書いているブログの中で、RADの事務所スペースを改修するので川勝さんの後輩たちに手伝いを呼びかけていたんです。当時は僕はまだ専門学校に通っていたんですけど、たまたまその記事を川勝さんも知り合いの知人が紹介していて、面白そうだなと思ってコメントしました。

本間:そのときは京都に住んでいらっしゃったんですか?

榊原:当時は建築の専門学校で学んでいて、園部で1人暮らししていました。2008年くらいの話かな。専門学校だったから、資格を取るために入学した学生ばかりで、個人的には物足りなかったんです。刺激がなくて。何か面白いことをする人間を集めて、サークルみたいなことをやっていました。そうこうしているときに、川勝さんと出会ったんです。そこからもう6年になるんです。

河本:もう6年!?

榊原:来年7年目ですね。

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去年企画運営したDESIGNEAST 05 CAMP in Kyotoにて。左から木村慎弥さん、1人置いて中央に榊原さん、右から2番目に川勝さん、右が佃哲朗さんと、写真不在の本間を含めて、いまではRADメンバーは5名に。

本間:設立はいつになるんですか?

榊原:2008年の暮れだったと思う。

夏川:わたしはかっちゃんと同い年で大学院が一緒だったから、榊原くんと一緒にRADを始める前からかっちゃんを知っていて、彼は展覧会やったり研究会とか読書会の成果を発表したり当時から勢力的でした。

榊原:まぁ、RADの話は良いとして。

河本:でもRADがなかったら大見新村に関わらなかったな。

山田:RAD前夜の話なんて、めったに聞かないよね。

榊原:まぁ話す機会もないからね。

山田:結局、平日役所に仕事には行ってるけど、どっちを主たる仕事にしているの?

榊原:それはやっぱりRADがベースですよね。RADの関心に加え、自分の生活的な条件も重なって、もうひとつ仕事をしないといけないなと考えたときに、都市景観の話とか実際に見てみたいなと思って役所に勤めていたので。そのときでも、やっぱり夜とか土日もRADで何かしらの仕事をしていたので。

本間:一緒にRADをやっている同僚の立場としては、榊原さんはすごい安定感というか、安心感のある存在なんですよ。だいたい仕事あがりの夕方6時すぎになると榊原さんからRADの仕事の連絡が来るので、コミュニケーションが取りやすいんです。

河本:毎日定期的に同じ時間帯にコミュニケーションが取れるって、大事よね。

本間:そうなんです。RADって、みんなフリーランスでやっているからこそ、どう動いているかが読めないときがあるんですよ。自分のスケジュールは自分で管理しているから良いとして。フリーランスな上にアソシエーションとして集まってプロジェクトをやるという変わった組織形態なので、一応スケジュールを共有して管理はしているんですけど。例えば、その日「個人仕事、不在」と書かれていても、何時から何時まで何処にいて、PC作業が出来る環境か、そもそも連絡が取れる状況にいるのかどうかわからない。現場に出てるのも人と会って打ち合わせしてるのも自宅作業してるのも、基本的には全部「個人仕事」じゃないですか。なので、コミュニケーションの間合いが読めないんです。

河本:なるほどね。

本間:そういうわかりづらさに対して、榊原さんはとてもコミュニケーションが取りやすいんです。

榊原:18時過ぎるとだいたい事務所に現れるからね。

本間:でもそのルーティンがすごい大事だと思うんです。

榊原:そうそう。時間配分の問題は本当にそうだなって思うんだけど、RADってやっぱりフリーランスでやっているから、本当みんなバラバラで動いているし、他のチームでやっている人たちとかたちが違うと思います。

河本:端から見てると思うのは、仲が良いように外から見られるのをすごい嫌がっているような感じがして。「僕たちは仲が良いわけでなく業務によってチームを組んでるんだ」って、すごいアピールしたい感じがして。そこまでしなくても良いかと思うんだけど。

一同:(笑)

本間:どうなんでしょうねぇ。

榊原:そこまでアピールしたいわけではないけど、もともと友だちで始めたわけではないから、本来仲が良いはずなのに、みたいな前提があるわけでなく。だからと言って仲が悪いわけではないです。

山田:僕は、RADの中で1番マイルドな人は榊原さんだと思っていたんだけど、榊原さんは結果男子だと思う。

夏川:どういうこと?

山田:最初の頃は榊原さんはバランス取っている人のような印象があったの。最初の頃は。ところが、ぜんぜんバランス取っているわけではねーなっていうのがわかって。

河本:分かる!なんていうか、夢中なのよ!

一同:(笑)

夏川:でも、嵐みたいにゆくゆくは仲良くなるかもしれないなって思うけどね。

榊原:ゆくゆくはって(笑)

RADがそうだから、大見新村もそうなっちゃった

榊原:そういう意味ではRADというチームは大見新村と似ているところもあるかな。

山田:それはどういうこと?

榊原:RADという組織のあり方自体が大見新村という場と近いのではないかと。

夏川:付かず離れず、みたいな?

榊原:大見新村って、一丸となって何かプロジェクトに取り組んでいるわけではないと思うんですよ。大見新村というプラットフォームがあって、個々の興味関心に基づきながら、それぞれの部局ができ、それが事務局という存在によってある程度の統合をはかりつつ、進んでいくという組織運営。だからプロジェクト全体としての理念はもちろんあるんだけど、個々の固有性からスタートしたプラットフォームなんじゃないかなと。

河本:たしかにRADの有り様が良くも悪くも大見新村に大きく影響していると思います。もちろん良い影響が多いんですけど、RADがそうだから、大見新村もそうなっちゃったっていうか。

山田:RADはさぁ、自己実現のためのプラットフォームなの?

榊原:いや、そう言われると違うんだけど。そこまで一緒というわけではなく、組織の有り様としてRADと大見新村は似ていると思います。

本間:たしかに、大見新村が一丸となって何かをやったというのは、2013年の5月のごみまつりが最初で最後の気がします。それ以降はたぶんないですね。

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ごみまつりの集合写真。プロジェクト2年目の2013年は、メンバー全員で活動をすることが多かった。

山田:今年はないよね。とくにそういう風にはしないで進めようという方針を決めたから。

本間:僕も知らないんですけど、大見新村を立ち上げたのは川勝さんと藤井さんじゃないですか。そのときにRADのHPで「大見新村スタート!」みたいにリリースして、それに僕は関心を持って京都に来るきっかけにもなったんです。川勝さんが大見みたいなプロジェクトをやるって言ったとき、RAD内ではどういう話のされ方と反応だったんですか? 当時RADは川勝さん、榊原さん、木村さんの3名だったと思うんですけど。

榊原:川勝さんが当時COLPUっていう財団の嘱託職員をしていて、そこで知り合った同僚の藤井さんが、大見という地域に1人で移住して新規就農で暮らしていると。もともとは村に使えるトイレがないから建築やってる川勝さんにつくって欲しいっていう相談があった。そこから、どうせならトイレをつくるだけでなく、村全体のインフラや環境を再生させていこうという廃村復興のプロジェクトに発展したんです。村に外から人が来るためにはトイレがないと滞在できないし、まずはそれをつくらないといけないって話でもあって。だからけっこう具体的なタスクがあったんです。でも、コンポストトイレをつくるというのも、今後に繋がっていく歩みの第1歩というか、プロジェクトが始まるイメージみたいなものを大事にしたと思う。そのときはRADとしても、そんなに忙しいわけではなかったので。

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プロジェクト1年目は川勝さん(左)榊原さん(中央)木村さん(右)などRADメンバー主導で進められた。

河本:そうそう。あの頃RADはいまほどそんなに忙しい感じではなくて、よくわからないけど面白いことをやっているな、っていう印象でした。いまのRADとも違うと思います。

榊原:違うよね。

本間:僕がちょうどRADにも大見新村にも興味を持ち始めた時期ですね。じゃあ、最初から大見新村は、新規就農者である藤井さんとRADのプロジェクトだっていう話じゃなくて、外部の人を入れていこうという話だったんですか?

榊原:最初の前提からあったという感じよりは、わりと面白そうな状況ではあるなと思っていて、色んな人を巻き込んでいけたら良いねって話をしていました。いまのようなプラットフォームにするっていうアイデアもそこから出てきたんじゃないかな。やっぱり地域活性みたいなプロジェクトって、ガチでやっている人たちってガチでやっていて。実際、大見新村の立ち上げは川勝さんと藤井さんの2人だけでなく、もう1人女性がいたんです。で、その方はもう少し自分でやっていきたいという思いがあって、いまは自分でプロジェクトを立ち上げてやっているんですけど。そういう意味では、大見新村はわりと「ゆるふわ」な感じで、ガチガチでやっていかない。「ぬるい」というわけではないけど。組織としてもガチガチにしないで場としての有り様にしたいというのは、プロジェクトが進んで色んな人と関わるようになってから、そうなっていったと記憶しています。僕もそういう組織の動かし方に興味があって、その方がサステナブルなんじゃないかなという思いはありました。

夏川:そうなんやねー。

榊原:でもRADもあくまで大見新村に参加している1チームでしかないので、そういう大きな受け皿を大見新村がつくれないかなとは思うけどね。

全く興味がなかったのに、巻き込まれちゃった

本間:河本さんは? 僕もいたんですけど、2012年の7月に川勝家でやった大見新村の立ち上げの一番最初のミーティングからいたと思いますが、どういうキッカケでミーティングに参加されたんですか? そもそも川勝さんとはどういう経緯で知り合ったんですか?

河本:なんかねぇ、川勝さんと知り合ったきっかけって覚えてないんですよね。京都って狭いから、気づいたら知り合っていたような感じですよね。Social Kitchenかなぁ。大見新村のミーティングは川勝さんにこんなの始めるから、参加しませんか?って声をかけてもらったのがきっかけです。

榊原:Social Kitchenはいまは鞍馬口にあるんですけど、当時は高野にあって僕はそこで河本さんと会いました。

河本:Social Kitchen運営メンバーの須川咲子さんたちが自宅を週1回開放して、喫茶hanareを営業しておられたんです。そっか、榊原さんとはそこで出会ったんだ!

本間:じゃあ、もともと河本さんはhanareにはどのようなキッカケで関わるようになったんですか?

河本:話せば長くなるんですけど、自分の中では大事な話なんだけど、私はSocial Kitchenも大見のようなことも縁のないサラリーマンだったんです。あるときインターネットで、社会と個人に関する講座を、高嶺格という現代美術のアーティストがやるっていうのを偶然知って、現代美術って何?って感じだったんですが、書いてある内容が面白そうだったので、座学だと勘違いして軽い気持ちで申し込んだんですよ。実際に行ってみたら、いろいろ体操したりビデオみたりして、終わりに高嶺さんが「次回までに宿題があります。公共空間で自分の裸を撮ってきてください」って言い出したんです。「えー、そんなの聞いてない!」ってびっくりして、そんなつもりはなかったし、直接高嶺さんに「なんでそんなことしなきゃいけないんですか!?」って、「なんであんたにそんな命令されなきゃいけないんだ」と、すごい怒って。そのときその場でみんなで長い時間議論になって。。。まあ話は端折るんですけど、そのWSは結果的に「あの伝説の」と語り草になる内容となったんです。私も「現代美術おもしろいなぁ」って思ったんですよね。そのWSの企画者が須川咲子さんでした。この二人との出会いがいろんな意味でその後につながっていったんじゃないかな。「全く興味がなかったことに、いつのまにか巻き込まれちゃった」という実感があります。

働くなら三交代の工場にしようと

本間:もっと遡りますと、河本さんはどちらのご出身ですか?

河本:わたしは大阪生まれ。

本間:大学は京都?

河本:大学は京都で、そのあと実家が滋賀に移ったので卒業後はずっと滋賀に住んでました。

本間:大学のときは何を専攻されていたんですか?

河本:大学では歴史を専攻して、日本近代思想史を勉強していました。

本間:大学を卒業されてからは?

河本:いまのニートの走りみたいな感じで、「働きたくない!」ってめちゃめちゃ思ってて。もともと身体も弱くて、病気がちで休みがちな生活でした。だから今日参加している私以外の人が、ワーカホリックな人ばかりで、偉いなぁっていつも思ってます。

榊原:面白いですね。

山田:でも、時代の違いもありますよね。

河本:ちょうどバブルの全盛期で、ちょっと努力すれば就職できるみたいな感じで。

山田:望めば入れる、みたいな?

河本:そう。だからわたしの同期の人たちも、一流企業にどんどん受かってました。わたしはそれがすごい嫌で。

山田:なんで? それが気になる。だって、良いところに入ろうっていうのが当時の世の中の流行りじゃない。 

河本:うーん。。。反対に人手不足だから、バイトでも食べていけそうな感じもあるし、景気も良いし、このまま就職しなくてもやっていけるんじゃないかって。いまから思えばなめてますよね。だから、就活もせずに、そのまま大学に残って、大学史編纂室や塾でアルバイトしたりしていました。それほどモチベーションも高くないんですよね。

山田:モラトリアム?

河本:そうそう本当にモラトリアムで。

榊原:いまはどんな仕事をしているの?

河本:IT関連のベンチャー企業に勤めています。

本間:え? 河本さんて理系だったっけ?

河本:いえいえ、違うんですよね。それが。モラトリアム状態がずっと続いて、このままじゃあ、駄目になると思って、ある日まったく違う仕事をしたくなって、できもしないパソコン教室のインストラクターになるんです。

本間:できもしないって?

河本:パソコンのスキルを覚えたかったので、「できます!」って言ったら、個人の小さい会社だったので、あろうことか、すんなり受かっちゃったんです。

一同:へ~!すごい!

河本:エクセルとかワードとか検定試験を受ける人たち相手だから必死で勉強しました。

山田:まず自分が知ってないとだめだからね。

河本:そうそう、もともと怠け者なので、追い込まないと何もやらないんですよね。このとき弱かった身体もだましだましだけどなんとかもって、結構元気になってきたんです。で、仕事するのって案外良いかもって思い始めたんです。 身体をつかう仕事したいなと思って、パソコン教室をやめて、その頃、シモーヌ・ヴェイユという思想家にあこがれを抱いていたこともあって、働くなら三交代制の工場にしようと履歴書を書いて持って行ったんです。

山田:え、その人と重ねて工場体験をしたかったってこと!?

河本:そう。

榊原:すごい経歴ですね!

河本:ところが人事担当者の勘違いで同じ敷地内の研究所へ履歴書が送られるというハプニングがあって、たまたま面接官がおもしろい方で、世界でもまだ20人くらいしかいない「フェロー」の称号をもつ高名な技術者だったんです。それで変わったやつが来たな、ちょっと採ってみようかみたいなことになって、毛色が違って見えたんでしょうね。

榊原:面白い(笑)

本間:すごいなぁ!

山田:望んでもないのに(笑)

河本:望んでもない。自分でも本当に全然予期しないところに転がっちゃって。

一同:爆笑

河本:いまとなっては、ずいぶんシモーヌ・ヴェイユから遠ざかってしまいましたねぇ。。。

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河本さんは開墾部のメンバーと共に大見で放棄地を開墾し2014年の秋から麦を撒き育てている。

パンを握りしめたまま車にはねられたのよ!

榊原:いまもその仕事を続けているの?

河本:その頃いた職場はもうないんですよ。いろいろできない経験をたくさんさせてもらえました。半導体不況のあおりを受けて、工場ごと売りに出されてしまって。当時の研究所の関係者で立ち上げた会社にいま勤務しています。
でもまた仕事もいちから覚えることになって、それはそれで大変なことがたくさんありました。
いま12年くらい経ってるんだけど、その間に病気もしたし。

山田:いまの会社の時に?

河本:いまの会社に入ってから。それに交通事故にも遭ってるし。残業のパンを買いに行ったときに、パンを握りしめたまま車にはねられたの!

一同:爆笑

山田:ダメだ笑っちゃダメだ!

榊原:すごい人生!

河本:それくらいしんどい思いがあったりもして。ごめんなさい、あまり関係のない話ばかりして。

本間:もう何を聞いたら良いのかわからなくなってきたわー。

山田:いま思い浮かんだのは「そのパンどうなったんだろう?」っていう、、、、

河本:パンは道路に散乱してたんだって。

本間:どうでも良いわ!

河本:(笑)。我ながらよく続けてこれたなぁって、上司や同僚の根気と理解があってこそです。

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河本さんがと殺して食べるために譲り受けたつもりが、いつの間にペット化している「こっこ」ちゃん。ときどき村に連れて来て、放し飼いにする大見のアイドル。(撮影:Takuya Matsumi)

自分と考えの違う人と会ったときが楽しいんですよ

山田:でも何となく河本さんのガッツの源みたいなものがわかった気がします。

河本:そう? 自分の中ではそんなガッツがある感じないですけどね。

山田:これからはどうしようとしているの?

河本:うーん、自分でこうしたいという方向で動けたことがあまりないので、開墾部もやりたい気持ちはあったけどそれ以上に部長になっちゃったからやらないとなぁという感じなんですよね。せっかくなったからには自分が興味あるほうへ、生活しやすいように、していきたいというのはあります。

本間:でも大見新村に関わる人たちってみんな個性が強くて、そういう中で開墾部の部長としてまとめていくのって大変な仕事ですよね。

河本:開墾部の部長をちゃんと務められているかどうかはわからないんですけど、楽しいのは事実で、自分と考えの違う人と会ったときがとても楽しいんですよ。会社も、大見新村もそうで、自分だったらこうやってすすめるのになぁというのも、まったく違う方法や、行動をとる人がたくさんいてて、それが楽しい。畑作りも一筋縄でいかないところが超たのしい。

本間:2014年になって大見新村のキラーコンテンツをつくっているのは、河本さん、大藤さん、 山口さんの3名で、そのお三方がそれぞれ企画するイベントは、客観的に見てもとても面白そうだ し、すごい人も集まるし、そのうえ企画としても意義があって。色々な人脈から人を呼んできていて、どんどん広がる。大見新村の広告塔のような不可欠な存在になっていると思っていて。それは何か戦略があるのでしょうか?

河本:それは企画をするとなったら色々と考えるけど、わたしはやっぱり知らない人と会いたいんですよ。

榊原:それってすごい大事ですよね。学生たちから「土日は休みたいんじゃないですか?」という旨の質問があったと思うけど、社会人の人ってむしろ休みの日は色々なイベントに行きたいって思ってるんじゃないかな。月金で働いていて土日は休みだから、そういう人たちは大見に来ないんじゃないかというと、そうではないと思う。土日って、土日というルーティンワークだから、「何かをしないといけない」っていう思いに駆り立てられると思うんですよ。だからその中には、普段働いているところとは全然違う人たちがいる刺激と出会いの場に行きたいと思う人はきっといる。呼べば出て来る慣れた学校時代の友だちと会うのも良いけど、彼らとは全然違う刺激を受けられて、自分にとってもリフレッシュできる場所って望まれているはず。だから、「土日は休みたい」っていう前提は必ずしもそうじゃないと思う。大見新村という時間は、日中働いている人たちにとって休みに刺激を受けられる良い時間になってるんじゃないかな。それが山口さんや大藤さんや河本さんのイベントでの集客に繋がってるような気がする。

山田:じゃあ一方で、大見で得たものは平日の働いている日常に何かしら還元されるの?

榊原:戻っていかないと思う。実質的には。

河本:でも今年1年開墾して畑をやってみて思ったことなんだけど、例えば、畑だったら実際に週に1回は現地へ行かないといけなくて、大見は遠いからそれで1日つぶれちゃうでしょ。例えばそこで大根を収穫できたとしても、収穫した泥付きの大根を、持ち帰ってから、土を洗い落として、大根の料理をつくる余力がないわけ。それって何かすごい矛盾というか、、、、どれだけ無農薬とか有機野菜とか御託を並べたところでつくったものが結果的にぜんぜん活かされていないという現実があって。それって色んな人が直面している現実で、みんな良いことしたいと思っているんだけど、良いことに力を入れてしまったがために結果が活かせないってすごいあるんだろうなと思っていて。それを大見新村では繋げないといけないなと思っています。たとえば子連れのお母さんが大見新村に来たいと考えたときにやっぱり子どももお母さんもリフレッシュできて、しかも家に帰ったら晩ご飯の用意もできてるとか、そういうふうに大見新村はしていけたら良いなと。いまの社会人の、とくに女の人に求められている「できる女」イメージってかなり無理がある気がしていて。料理もできて、仕事もできて、おしゃれもバッチリして、なおかつ子育てして笑ってるみたいな。日々のこと、時間の問題をお金で解決できる人のイメージにそうでない人が苦しめられている気がしています。

榊原:それって月金が大見新村に活かせるという話より、その人の生活丸ごとに活かせることですよね。

河本:それをしないと、結局土日だけあそこに行くっていうことは、日々の生活に繋がらないなぁと。そうしないと女性の負担が増えるばっかりだと思う。それこそ「農家になるか、畑をやめるか」二択しかない気がしてて。それはもったいないなと思っていて。だから作物の出来としては専業の農家さんのようにはいかないかもですが、大見新村に行くことがリフレッシュにもなり、労働にもなり、次の日の活力にもなるような方法が探せばあると思ってるんです。

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開墾部の麦まきWSの様子

ときどき村に行くとすごいホッとする

山田:夏川さんの意見も聞かせて。

夏川:いやー、、、、

榊原:どうしたのなっちゃん?

夏川:いや、さっき河本さんが言っていた「女の人に求めていることが多すぎる」っていうフレーズがすごい気になっていて、、、、わたしはいま村に参加があまりできていなくて、仕事に行って、家に帰ったら家事をしていて。いままでは自分の生活と仕事だけだったんですけど。村に行くのは元気になるから行ってるところが大きくて。趣味にも近いのかもしれないですが、結局はそこなんだろうなって思っていて。これまではそれだけで良かったんだけど、結婚して、旦那が出来て。起きて仕事行って帰ってきてご飯つくって食べて寝て、起きて、お弁当つくって、また仕事に行って、、、、

本間:すごい大変ですね、、、、

夏川:そう、思った以上に時間がかかって、、、、旦那は協力的で家事も手伝ってくれるんだけど、彼の本職は仕事で。わたしは選べるんですよね。仕事をしても良いし、専業主婦で家事だけしても良いし。だから、家事についてはわたしが責任も持ってやるって決めていて。どちらかというと、仕事は「やらせてもらっている」っていうスタンスでやっていて。

山田:なるほどね。

夏川:わたしのわがままで働かせてもらっているって思ってる。

榊原:そんなん思ったらイカンよ!

夏川:だから、どんなに忙しくてもご飯は絶対につくるって自分の中で決めているんです。

本間:仕事を言い訳にするなってことね。

山田:そもそも、いままではどういう仕事をしていたの?

夏川:大学院を出て、鉄道関係の設計事務所にて、駅とか駅ビルとかマンションとかホテルとか商業施設を設計したりする会社で、設計事務所といってもコンサル会社なので、設計に入る前段階の行政調整とかの仕事が多くて、実際に図面を描くっていうことをほとんどしなかったです。クライアントも不特定多数だったりデベロッパーだったり、実際に使う人と話が出来なかったんです。

河本:そこは外注なんやね。

夏川:周りはほかの組織事務所でバリバリ仕事をしてから中途採用で入った人たちばかりでした。なので、何も図面を描いたことがないのがわたししかいなくて。図面を描くということではなく、仕事のフローで言うと上流の仕事ばかりをやっていました。自分はその仕事ばかりやっていても、周りの中途採用の人たちには追いつかないだろうなって思ったし、例えば「設計の仕事をしています」って人に言ったら、「じゃあ家のこういうところを相談したいんだけど」って言われても、わからないんですよ。設計の仕事をやっているのに、家まわりのことがわからないというのが結構ストレスだったりして。もともと住宅設計をしたいという思いがあったので、3年くらいで辞めて。その頃の生活スタイルは、23時くらいまで仕事して、家に帰ってきて寝て、また翌日の9時に出社、みたいな生活でした。ときには徹夜をしたり。本当仕事ばかりやっていて、、、、そこを辞めてから、京都のアトリエ事務所に行きました。そこからは図面を描くことができて。

本間:住宅設計のアトリエ?

夏川:そう。住宅設計でお客さんと直接仕事ができるし、現場に行って職人さんとも「こう納めてください」とか打ち合わせができて。それに幸いだったのは、そのアトリエは仕事は仕事、遊びは遊びって感じだったから、そんなに遅くまで仕事はせずに、あとは自由でした。土日祝も基本は休みで。

山田:大見にはいつころ?

夏川:その頃にかっちゃんが大見新村をやるって言っていたのを聞いて、最初は様子を見てたんだけど、だんだん面白そうだなって思ってきて、2012年の夏の野菜の収穫の時に行ったのが最初です。そのときに、万願寺とうがらしを1本折ってしまって、、、、

本間:藤井さんに怒られるという、、、、

夏川:いまも言われるけどねー。

河本:あはは、しつこいなぁ~。

夏川:「あ、折ったやつ」って(笑)

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大見ではそれぞれ別に作業しながらも、お昼ご飯はみんなで一緒に屋外で食べるのが恒例になっている。

夏川:京都のアトリエだったし三条近くだったので、大見のミーティングにも行きやすかった。そこでも3年弱働いていました。大見にもその頃はちょくちょく行っていました。けど、結婚することになり、旦那の会社が尼崎の方だから、伊丹の方に住むことになって。わたしの仕事は変わるかもしれないし、子どもが生まれたらどうなるかわからないっていうのがあったから、彼の仕事場を中心に住むところを決めて、尼崎に近い伊丹になったんです。そうなると、京都に仕事に行くというのは、主婦をやりながらアトリエの仕事をやるっていうのは、けっこう厳しくて、、、、ときにはけっこう遅くまで働くこともあるから、ご飯をちゃんとつくるという面でもやりにくいし、結婚を機に辞めたんです。長くても3年働こうと思って、3年近く働いたので。アトリエ辞めて、どうしようかなって思ってたときに、私は趣味がバドミントンなんですけど、そのつながりでいまの会社の社長さんに出会って。その人が地元で、無添加の素材を使って家をつくっている工務店をやっていて。「仕事辞めるんです」って話していたら「じゃあ来る?」ってなって。「じゃあ行こうかな」って感じになって、結婚して新婚旅行から帰ってきて、仕事を始めたんです。それが2014年の春くらいでした。

河本:へぇ。面白い出会いがあるもんやねぇ!

夏川:ただ、いざ仕事してみると住宅なので、会社が火曜水曜休みなんですよね。でもわたしの旦那は土日休みの仕事なので、休みが合わなくなる。どうしても土日に休みたいって言って、土日休み体制で、でもお客さんには会うっていうような変則的な働き方をしているんですけど、なかなか難しくて。鉄道会社で働いていたから、企業の労働条件ってのをわかっていて、それがいざ地元の工務店となると、労働条件も違っていて、、、、

本間:まぁ大企業と比べるとね。

夏川:土曜日も4週に1日は出勤で。休みの日も打ち合わせだけとかじゃなくて、丸1日出勤することで、振替休日を1日もらえる。そうすると村に行く時間も少なくなっちゃうんですよね。わたしと旦那は2人とも働いているから、家の掃除をいつするってなると土日しかなくて、村に行くと1日削られるから、、、、いま自分のなかでそのあたりが全然うまくいけてなくて、そのあたりから、だんだん村に行くっていうことに足が遠のいてしまっていて、、、、

河本:そうなると思うわぁ。

夏川:本当、どうしようって考えていて、、、、

山田:それでいまのところを辞めるの?

夏川:辞める。12月20日で辞めるんです。

河本:そっかぁ。

本間:それは転職ということではなくて?

夏川:それが、鉄道会社の職場の人たちとは今も飲み会に呼んでもらったりして仲良くしていて「そろそろ帰って来たら?」っていう冗談も出ていて、で、「まぁまぁまぁ」って流してたんですけど。「本当に帰ってくる?」ってなって。とりあえずだけど。

河本:帰るのは全然OKなの? なっちゃんは。

夏川:帰るのはOKかなと思っていて。いま家庭と仕事というのが私のなかにあって、どっちを取るかっていうのも、とりあえず家庭を大事にしたいというのがあるから、とりあえず企業相手の仕事をしている会社の方が理には叶っていて。設計の仕事をしたいということだけは残すとすると、土日が休みの元職場に戻るのが良いかなって。1月から行くんだけど、辞めた人が帰ってくるのは初めてのことで、もしかしたらまた辞めるかもしれないから、向こうからしたら信用がないわけで、とりあえずアルバイトという身分で。

榊原:でも例えばこれから出産とかもね。

夏川:そう、先が読めないから。全然。自分自身も、自分が何をしたいというよりも、自分がこれから先どうなるかがわからないからとりあえずという選択しか出来なくて。これまでは自分の欲望とやってることがリンクしてたんですけど、いまはそれどころじゃない感じで。出来ることをやろうか、って。でもそこにフラストレーションも感じていて、、、、

河本:そうやねぇ、、、、

夏川:だから、ときどき村に行くとすごいホッとする。

一同:、、、、

本間:嬉しいんだかな何と言ったら良いのか、、、、

夏川:みんなといると楽しい。

榊原:いや圧倒的に嬉しいよ。

日がな1日、何ともなしに労働したり人と話をしたりするだけで得られる価値

山田:でも、現実は厳しいなって思った。つまり、それは大見とは重ねることが難しいっていう現実の表れだから。

河本:だからそれはつくらないといけないんじゃないかな。

榊原:河本さんの意見もそうだなって思って賛成なんだけど、大多数の人たちは自分の仕事と家庭と生活とで忙しくて、でもちょっと空いたときに大見に行けるとか、そうして行ったときに汗をかいたりして、明日の生活をするためのクッションのような日って必要だなって思ってる。河本さんの言っていることはハードルが高いというか、そこまで出来たらベストだと思うんです。丁寧すぎるというか。明日から生活するために月曜の仕事の分がちょっと減る、みたいなレベルまで大見新村を動かしていきたいというのは手厚すぎるところもあるかなと。それよりもっと前に、大見に行くっていうだけで気持ちが少しリフレッシュできて、それが良い形で明日からの活力になれば良いなと思っているんです。

河本:それはそうやね。

榊原:僕らはそういう人たちに対して、やっぱり1日削ってでも大見に行って良かったなって思ってもらえるような場をつくっていく努力はしないといけないと思う。1日大見に来て、ゴミを捨てただけだったんだけど、それでも来て良かったなって。そのうえで、その人たちが関わってくれたことで大見新村というプロジェクトや各部が実際に進んでくれたら、より立体的になるかなと思っているんです。至れり尽くせりでケアを手厚くするというよりは、ちょっとの休息が欲しくて大見に来たりとか、非日常が欲しくて来る人もいて、日がな一日、何ともなしに労働したり人と話をしたりするだけで得られる価値も考えていかないと。

山田:対外的に見た時に「大見新村って面白いことしてるな」って思ってもらえるにはどうしたら良いかって考えていかないなと。

榊原:本当にものすごい色んな業種の人が来て、例えば工場長とかエリートとか、立場は違うんだけど、色々な背景や専門や技術を持った人たちが、ひとつの場所で同じ目線で集まって、大見新村を切り開いていく。同じ人が頻繁に行って責任ばかり増えて頑張るのではなく、フラッと行く人たちでも貢献できていると実感できる状況って大事だなと。隔月で必ず誰かしら大見に行って、その成果が必ず次の月や年に反映されて、少しずつだけど大見が新村になっていくといいな。関わっている人たちが頑張らなくても良いんだけど、運営サイドがちょっとの工夫をすることで違う状況を生み出せる仕組みができてくると、もっと面白いことになるのかなって。

河本:わたしもそうなると良いなって本当に思うわ。

夏川:だけどわたしは本当は運営側にいたいんです。単発で参加するっていうのじゃなくて、運営側の方が面白いと思うんです。こういうように、方向性の話も一緒にできるので。だから、主婦でありながら、仕事もしながら、だけど運営をするっていうのが、できないのかぁって思っているんです。

河本:そうなんやぁ。

夏川:難しいと思うし、わたしみたいにたまに来る人が色々と発言をすると、本間くんとか北さんとかがすごい仕事量が多くなっちゃうわけで、、、、

本間:いやいや、全然!

河本:そういう人たちが入っていけるような仕組みをつくりたいですね。

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2013年9月に開催されたDESIGNEAST04で大見新村プロジェクトの紹介をする夏川さん(左から3人目)。

プロジェクトとして熟成していくなら考えていかなきゃならないことは多い

山田:すごい突っ込んだ質問をすると、旦那さんは大見のこととか、夏川さんが大見に来て活動をすることをどう思っているんですか?

夏川:うーん、基本的には仕事の話もそうですけど、わたしが好きなことをしていて楽しくやっていれば良いっていうスタンスで。賛成でも反対でもないっていうか。

山田:でもそこには入ってこない?

夏川:そうなの、鞍田さんご夫婦みたいに夫婦2人で、っていうのがあるとラクなんだよね。今日も、大見の座談会をするということで、夜は別々だから。ご飯を置いてきてからここに来たんです。ミーティングのある水曜日もそうで。別に「ご飯どこかで食べて来て」って言うのはできるけど、何となく気になって。大見の人たちとはわたしがすでに付き合いが長いから、後から入ってくるというのも、たぶん旦那は気にしてるのかなぁ、、、、

本間:でも夫婦でも、すべてのことを一緒にしなくても、趣味として一緒にやるところもあれば、別々のところもあって。違うところがあった方が広がるし、全部が一緒だと逃げ場もなくなるというか、、、、

夏川:しんどくなるかもしれないね。

山田:でもさっき言っていた女性の話なんだけど、今回の座談会を企画しながらジャンル分けして思ったのは、大見のメンバーって独身者が多いわけよ。だから発想が「夜遅くまでやっても大丈夫」みたいな節があって。

本間:それはありますよね。

山田:だからファミリーを持った人たちがやったら、たぶんやり方も変わるし、運営も変わると思うんですよ。「ま、もうそろそろみなさん家庭もありますから解散で」みたいになると思うんですよ。遅くとも21時くらいには。平日の真ん中に23時や0時まで議論をするなんてそもそもしない。

榊原:そもそもミーティングが20時から始まらないよね。

山田:そう!だからそういうのも含めて、年齢層も上がっていくにつれて、変わっていくと思う。

夏川:いまはみんな仕事が主だからねぇ。年齢層が上がるにつれて、そうなるかも。

本間:家庭もあるし、もっと生活がガラッと変わるのは子どもが生まれたらかな。赤ちゃんが出来ると生活の中心がそこになるだろうから。

山田:だからそこは制度を整えるじゃないけど、プロジェクトとして熟成していくなら考えていかなきゃならないことは多いかなって。女性男性変わらず思うところだよね。

本間:だからさっき河本さんも言っていたんだけど、「大見に赤ちゃんを連れて来ても良いですか?」っていう参加の問い合わせがあったりするんだけど、例えば河本さんや山口さんは「良いですよ」って言って迎え入れると思うんですが、正直ぼくは責任が持てなくて。というのも想像が及ばないから、良いですよとも悪いですよとも言えない。判断ができなくなってしまう。

夏川:わたしもそうだなぁ。

本間:たぶんそれは大見新村プロジェクト全体としてもそういうところはあって。だから大見新村プロジェクトで子どもたちが遊べるような教育的なプログラムっていまあまり生まれてこないっていうのはあるなと。それは去年くらいに川勝さんとも話していて、大見に新規移住者を呼ぶってなったときに、僕らは独身者とか若い夫婦くらいしか想像できなくて、じゃあ赤ちゃんや子どものいる家族が大見に住みたいってなったときに「病気になったら診療所は? 学校はどうするの?」ってなっちゃう。大見が昔集団離村した理由のひとつが同じで、子どもが高校生になると市内まで通学するのが大変で、結局家族ごと市内に引っ越ししてしまうんですよ。だから、結局全然わからないから「大見は子どもを想定しない村にしよう!」とか冗談交じりで話していて。僕も川勝さんも、そういうところが全く想像が及んでいなくて。

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最近では小さい赤ちゃんを大見新村に連れてくるお母さんも増えてきている。

山田:なるほどね。僕の勤めている東京の会社って、僕が1番年齢が高くて、みんな下だったんですけど、徐々にみんな結婚し始めていて、だからここ1,2年くらいは会社に託児所をつくろうとか、社員に保育免許を持ってる人がいても良いよねって話をしていて。そこに対して、免許を取るお金は会社がもつという制度をつくっていこうというながれがあって。やっぱり女の人も働いているから、結婚すると会社から離れていくし、家庭ができたりとかあるから、僕らはみんなで決めています。健康診断を受けられる様にするとか、これまでベンチャーだったからそこまで整っていなくて。もっと家庭に還元できる制度をつくらないとねって話していて。託児所もそういう話で。一方では自分たちは美術やアートをいかに社会に根づかせていくかっていうことがあるから、そういうことができる託児所にしたら楽しいよねって。

本間:自分たちのやってることと、家庭とを切り離して考えるんじゃなくてね。

山田:そうそう。まぁ自分が働いている職場に自分の子どもがいたら、それはそれで楽しいよねって純粋に話していて。

夏川:たのしいと思う。今日保育士の友だちと会って話していて、1歳から3歳までは親孝行の時期らしくて、その間が1番かわいいって。その頃のことを思い出しながら中学高校の反抗期時代を親は何とか乗り切るって。

本間:「あの頃はかわいかったのに」ってね。

山田:天使だった頃ね。

夏川:そうそう!だから少しでも長くその間一緒にいるって大事だなって思って。

榊原:大事大事。

夏川:だから本当に保育園に預けて働くって考えると、手元に何が残るのかって思うと難しいやん。自分の子どもとの貴重な時間に会えないって。

大見新村の周りを巡る話

河本:榊原さんがさっき言っていたような、大見新村に来てもらえるような気安い状況とか、きっかけづくりってすごい重要だなって思うんですけど、わたしはそういうことに行き届かないとこがあるので、そこは榊原さんにお任せするかな。大見新村は色んな人がいるのが強みですよね。

榊原:そうそうそう。

河本:ぜったいそう思う。

榊原:だからさっきの子どもやファミリーの話とか、ディテールの部分で圧倒的に整備されていないとしたら、やっぱりそのあたりをやっていく人たちがいても良いかなって思うけどね。

河本:そうよね。

榊原:今日は2014年がっつり大見新村に関われていない自分がだいぶ勝手なことを話してしまって、「お前はどうなんだ」って言われそうだけど、その批判は無視して色々と語らせてもらえたらと思って話しました。

山田:でも重要なのは、何で関われていないのかっていうことを考えるのが重要で、実際に関われている関われていないというのはあまり重要ではなくて。

榊原:でもね、その「関われているか関われていないか」という認識って実はけっこう重要で、なっちゃんも最近あまり関われていないけどって言っていて。もしかしたら後ろめたい気持ちを感じているとしたら、、、、

夏川:メーリングリスト見たくないもんね、あまりね(笑)

河本:でもそういう雰囲気をプロジェクト全体でつくっているのだとしたら嫌だなって思っていて。どうしたらそういう風にしないようにできるんだろうって。

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WSや作業などをせずに、ただ大見で時間を過ごす日も。

榊原:そう。だから関われている関われていないっていう線引きが引かれちゃうこと自体のひとつの問題点があるのかなって思うんだけど。単発で参加するのが当たり前っていう雰囲気になったらそういうことは思わない。サービスの方向性でもあると思うんだけど。大見新村にもある種のサービス業みたいな側面が必要なのかもしれない。ガッツリ運営に関わっているということではなく、すごい重要な議論が重要であるがゆえに、1回とか数回参加してもらった人たちの足が遠のいてしまうということがあって。

河本:そこはどういうふうにやったら良いと思う? したい人は勝手にやってるわけよ。わたしもそうなんだけど。ほかの人が関わってるとか、どうでも良いというか、気にしないんだよね。

夏川:けっこう頻繁に関わっていた側としては、関わらなくなるとそう感じるんですよ。

河本:そこはどうしたら良いのかなって。

山田:そこは誰かがちゃんとケアしていかないといけないんだと思う。制度だけの問題ではないと思うし。

榊原:「誰かが」って誰?

山田:いまはいないんだけどね。

榊原:それはつまり対人的に1対1でフォローしろって話?

山田:そういうのもありだと思うけどね。いまは何も見えないままだから、何も言えないんですよ。「家庭を優先したら」の一言で良いのかもしれない。メール見るハードルが高いなら、「停止しようか?」ってなれるわけ。別に具体的な提案も出せるんだけど、会話の場もないわけよ。「大丈夫かな?」「あ、いけてないな」ってなったまま断絶してて、「あの子、さいきん来てないな」っていうのが現状だと思うんですよ。

榊原:それって例えば、僕がなっちゃんに「いや月に1回来るのが大変だったら、3ヶ月に1日で良いよ」とかって言ったとしても、僕はそういう意見だけどみんなはどう思うんだろうねって思っちゃうんですよ。

夏川:わたしの場合は、みんながどう思うって話ではなくて、わたしが関われていないところでみんながどんどん進んでいって、それについていけなくなっていて、、、、これは自分の問題であって、だからみんながどうしようとか、制度やケアをどうしようってことでもないんです。「自分がこうしたい」って思うこととのギャップだから、、、、

河本:でもそしたら今日みたいな場をセッティングしてくれたのは正解だね。

榊原:それはすごいそうだと思います。

山田:今日は最高に面白かったです。とくに事故の件。

一同:

本間:次回座談会は大見の女性たちに集まっていただきます。今回も女性ならではの意見がありましたが。どうでしょう女性陣。何を話していただきましょう。

河本:やっぱり大見に足りないものを聞きたいかな。具体的なところから、全体的なところまで。

夏川:女性ならではの細やかな話が聞けたら良いですね。

山田:じゃあそうしましょう!

本間:今回は大見に初年度から参加していただいた方々ばかりに集まっていただき、それなりに強い思いを聞くことが出来ました。

河本:ずいぶん関係のない話をしちゃったけど。

山田:それで良いの!今回は、大見新村の内容を語るんじゃなくて、大見新村に関わっている人たちが話をするっていう企画だから。

榊原:最終的に大見新村の話に着地しなくても、「あ、だから大見新村がひとつのポイントになっているんだな」って、大見新村の周りを巡る話なんじゃないかなって。

河本:編集大変ねぇ。頑張ってね〜。

本間:がんばります、、、、本日はありがとうございました。

■取材:2014年11月24日 四条大宮の大衆酒場にて

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大見新村プロジェクト

1974年に集団離村し無住集落となった大見村をもう一度新しい村に再生させるプロジェクト。村にルーツをもつ藤井康裕が有機農家として大見村へのIターンをきっかけに2012年7月にスタート。プロジェクトに参加しているメンバーは市民や学生、会社人、研究者、専門家など多岐に渡り、京都市を中心に大阪、滋賀、名古屋、東京など広域から参加している。3年目である2014年現在、入村部、インフラ部、開墾部、拠点部、KARI部、kikori部、シコブチ部、リサーチ班など各プロジェクトが活動し、都市と農村の新たな暮らし方を模索・実践している。

HP  http://oomi-shinson.net
Facebook  https://www.facebook.com/oomishinson

本間智希(ほんま ともき)

1986年静岡県富士宮市生まれ、東京都町田市育ち。早稲田大学創造理工学研究科修了。専門は日本の近代における民家・集落研究。2013年より京都に移住し、建築リサーチ組織RADへ参加、主としてフィールドワークとリサーチを担当。個人でも京都造形芸術大学通信教育部発行のWEBマガジン『アネモメトリ』の編集業務や研究機関での文化財調査業務に携わる。大見新村プロジェクトには2012年7月のスタートから関わり、現在事務局長を務める。

RAD  http://radlab.info
アネモメトリ  http://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp

山田毅(やまだ つよし)

1981年東京都小平市生まれ、武蔵野美術大学芸術文化学科卒業。長らく武蔵野美術大学で、研究制作を続けて、その傍ら、美術展企画や舞台制作、ドキュメンタリー制作などに尽力し、芸術と美術、作家と作品、ものつくりの世界に触れる。2013年京都に拠点を移し、KANSAI ART BEATなどの編集業の傍ら、大見新村プロジェクトに参加。事務局広報として活動している。

KANSAI ART BEAT
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