KAB Dialogue インタビュー/対談

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Vol.34

対談2015.01.17 UP

大見新村プロジェクト座談会 ~学生編~

  • 参加者:阿部将和/大阪 笈田真美/福井 西村梨香/愛知 松崎篤洋/島根
  • 聞き手:本間智希、山田毅
  • 写真提供:大見新村プロジェクト

大見新村プロジェクトは、京都の市街地から車で60分の大見村を舞台に、廃村状態にあったこの地に ”新しい村”をつくるプロジェクトです。「廃村を新村へ」をスローガンに、3年目である今年は延1,500人ほどが村に通っています。大見新村に出入りしているメンバーは職業も年齢も背景も様々ですが、その中でも今回は「関東からの移住者」「学生」「勤め人」「女性」という4つのカテゴリーにわけ、カテゴリーごとに座談会を行いました。日頃語られることのないそれぞれの背景や思いを、それぞれの立場から語っていただきました。

第1回・関東からの移住者編はこちら

学生が学外活動に関わるモチベーション

第2回は、大見新村プロジェクトに関わる学生を集めて行いました。京都大学の大学院で情報学を専攻する修士1年の阿部将和さん。京都造形芸術大学で空間デザインを学ぶ学部3年生の笈田真美さん。京都外国語大学で中国語を専攻している学部4年生の西村さん。そして、立命館大学でランドスケープデザインや建築を学ぶ松崎さんの4名です。

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第2回座談会風景

「自分の環境を変えたかったんです」

本間:次は大見新村プロジェクトに参加している学生さんたちに集まってもらいました。大見に行った回数だと、西村さんがDESIGNEASTの時の1回で2日間、阿部くんは廃村DIYキャンプなどで3日間、笈田さんもDESIGNEASTが最初でその後はけっこうな頻度で参加してくれていて、松崎くんは昨年の秋から参加して今年はものすごい行ってるね。この1年以内に関わりはじめてくれている新鮮な視点で話を聞けたらと思います。

阿部:西村さんは普段何をされているんですか?

西村:いま京都外国語大学で中国語学科を専攻していて、留学で2年休学していたので、2015年の春に卒業です。大見新村プロジェクトにはDESIGNEASTでボランティアスタッフをしたことがきっかけです。

山田:DESIGNEASTに参加したきっかけは?

西村:2015年から働く会社の内定同期の人がDESIGNEASTの運営に参加されていて、まだ内定者の誰とも会ったことがなかったんですけど、内定同士のLINEに「今度こういうイベントがあるんですけど、どなたかお手伝いに来てください」という連絡があって、21人中わたしだけが「行きます」って言って…笑。それで参加しました。

本間:西村さんはそれまでは今回のようなキャンプとかデザイン系のイベントとかに参加していたの?

西村:まったくないです。本当に初めてです。わたしも本当に軽い気持ちで「あ、興味がある、行ってみたい!大見新村って、何だろう」という状況で参加したので…

山田:それは何に対する興味だったの?

西村:わたしもサークルなどに入っていなかったので、自分の知らない世界に入ってみたいという興味ですね。あとはやっぱり根底的に惹き付けられたんです。

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DESIGNEASTの準備をしている西村さん

本間:みんな1人暮らし?

阿部:僕は実家暮らしです。枚方です。みなさんは実家から出て京都を選んだのは何故ですか? ほくは大阪から実家通いなので、1人暮らしする動機がわからないんです。実家で大学に行くという選択肢もあったかと思うんですけど、なんで京都に来たのかなと。

松崎:まず僕は実家が島根なんですけど、そもそも実家のまわりに建築を学べる大学がなかったんです。隣の鳥取県の高専で建築を学んでいたんですけど、場所にはこだわりはなくて、いま自分が身を置いている先生の教育方針に共感して来ました。

本間:高専ということは、立命館は学部3年から編入ってこと?

松崎:そうです。高専で5年間建築を勉強したんですけど、高専は施工管理とかの専門職を育てる学校で、僕はもう少し建築とは何か、そもそも何故そこに村や町ができるのか背景などを考える環境に行きたかった。いま僕が所属している先生は、デザインが云々ということではなく、デザインの前にそもそも何故そこにそれがあるのかというアプローチから考えなさいという教育方針に惹かれて、いまの研究室を選びました。

笈田:わたしはとにかく地元から一度出でみたくて。地元が嫌いというわけではなかったんですけど。

阿部:福井のどこですか?

笈田:福井市ですけど、多くの同級生が県外に出ないで県内に進学や就職ばかりで。逆にわたしはそういう人たちになんで外に出ないんだろうと思っていて。聞いてみても、特にそこにいたいわけでもないけどいる、みたいな感じで、わたしはそれが嫌で。県外だったら海外でも良かったんですけど、自分の環境を変えたかったんです。

阿部:京都にはこだわりはあったの?

笈田:京都自体にはこだわりはなくて、いまの大学のオープンキャンパスに行って、大学にすごい興味を持ったのでそこを目指して進学したら京都だったという…

西村:わたしもちょっと似てるんですけど、地元から出たいという気持ちが中学時代からあったのと、一番憧れている祖母が京都出身で、小さい頃から京都の話を聞いていて漠然と良いなと育ってきたので、大学に進学する時には自然と京都で探していました。

山田:関東の人からしたら、京都ってブランド化されて良いイメージあるよね。良いところっていう。大阪は近すぎるんじゃない?

阿部:そうなんですかね。うーん…というのも、この間、7,000人くらいの人口の鳥取の智頭町へ、やっぱり高齢化や過疎化が進んでいるので、それを何とかしようというフィールドインターンシップに行ったんですけど。Iターン者をどう呼び込むかとか、Uターン者を増やすことが課題で、どういう町づくりが可能かなと考えていて。京都に来たがる理由を聞けばヒントがあるかなと。

山田:むずかしいね。

本間:大見に人を住まわせるよりはずっと楽じゃない? すでにコミュニティがあるし。

阿部:すでにコミュニティがあるからこそ難しいところもあります。

山田:ブランド力で言ったら大見の方がやりやすいかな。『大原まですぐ!!』とか。

阿部:キラーコンテンツみたいなものがあると人が来るかなと思うんですけど。

山田:京都に来てからずっと考えていることは、2020年に東京オリンピックがあって海外から人がいっぱい来るときに、自分は個人レベルで海外の人たちにどれだけ日本の魅力を発信できるんだろうって。日本の名所とか観光地は言えるけど、どこまで自分がそれらの魅力をわかった上で伝えられるかなと。京都だと神社仏閣はわかりやすいけど、もっと違った土地、それこそ大見だったり地方都市にある、純粋な日本の美しさみたいなものがあるんじゃないかなと。観光地があるところだけが栄えていくのではない何かを探っていかないと、地方の再生はないんじゃないかなと思っていて。ブランド力がないとかコミュニティがないとか、誰も知らないという方が逆に、もしかしたらこれから日本では価値が生まれるのかなって思っているんです。でも、行政としては具体的な場所として名前を出していかないといけなかったり、名産がないといけないから新しい名産をつくるとか、そこはすごい難しいなと思いつつ。

「一つの専門領域では解決できないことが最近は多いんじゃないかと」

山田:阿部くんはいくつですか?

阿部:僕は高校出てからフラフラしてたので、いま27歳です。

山田:何浪かして京大に入ったの?。

阿部:ふつうに市立高校を卒業して、そのあとフリーターをやっていて、4年間経った後に同志社に入学して、大学院から京大です。

本間:ある時、大学に行こうと思ったの? なんで同志社なの?

阿部:センター試験を受けていなかったので、自宅から通えるところで、まぁ受かったところで、良いかなと。

西村:何を専攻されているんですか?

阿部:情報学です。平たく言えば、パソコンを使った研究とか、そんな感じです。

西村:いまの京大での専門もそうですか?

阿部:その中でも人工知能ですね。

一同:人工知能!

西村:難しそう…

笈田:ロボットですか?

阿部:ざっくり言うとそうですね。

西村:北さんに何か授業で教えていただいているんですか?

阿部:実習授業のアドバイザーが北先生でした。間接的にアドバイスをいただいて。情報学研究科の大学院に所属しているんですけど、それとは別にデザインスクールというところにも入っていて、デザインスクールは情報学と機械工学、建築学、教育心理学、経営管理、京都市立芸術大学が一緒にやってるので、情報学だけでない研究をしています。大見新村には、北先生が廃村DIYキャンプの案内をメールで流してくれはって興味を持ちました。それ以来ミーティングに参加していて、今後関わっていけたらなという感じです。そのキャンプに行ってから、村づくりや町づくりに興味を持ち始めて、デザイン学の関係で、鳥取の智頭町にフィールドインターンシップに行ったりしていて…

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廃村DIYキャンプの風景

山田:そもそもは何に興味があるんですか?

阿部:もともと人工知能がやりたかったんですよ。それで大学院にも入ったんですけど。

山田:人工知能と村づくりは繋がるの?

阿部:全然繋がらないですね。繋がらないんですけど、最近は色んな問題がある中で、一つの専門領域では解決できないことが多いんじゃないかと。例えば原発問題も一つの問題じゃなくて複雑じゃないですか。自分は、村づくりというのは正直自分の専門領域と関係ないのですが、関係ないなりに何かできないかなと思っていて。まだ構想段階ですが、例えば大見と京都市って距離があって、冬だったら行き来が難しかったりするので、そのハンディを人工知能で解決できないか。

西村:え、人工知能を使ってどうするんですか?

阿部:簡単に言うとテレビ電話のような。ここに藤井さんがいるかのようにできれば問題解決の一つになるんじゃないかと。

山田:それは単純に言ったらネット回線が繋がれば良いとかそういう話じゃないんでしょ?

阿部:それも前提なんですけど、ネット回線が繋がって、テレビ電話で藤井さんと電話ができるようになったら解決かと言うと、ちょっと違うかとも思うんですよ。AR技術で同じ場に藤井さんがいるかのように振る舞うことで、距離的な問題も解決できないかなと。一例なんですけど、人工知能の分野から何かアプローチできないかなと思っているのが最近です。

「趣味に近いような感覚で、日常の延長に大見があるという意識」

本間:学生は部活やサークルやゼミやバイトなどあって忙しいと思うんだけど、なぜ大見に来るんですか? と言っても、僕は学生時代ヒマな時はよく一日中YouTube観たりアニメ観たり漫画読んで過ごしてましたけど笑。とくに松崎くんは今年かなり大見に行ってるよね。

松崎:僕は大見に行くのは趣味に近いですね。YouTubeも観ますし、漫画読んだりするのと、大見に行くことと近いです。

山田:それは並列ってこと? 僕ら関東勢で話していた時は「郷土」みたいなワードが出てきてしまう時点で、もう日常と並列じゃないんですよ。都市へのカウンターカルチャーとしての地方とか地元という言葉が出てきたから。

松崎:言葉が正しいかどうかわからないのですが、僕は趣味に近いような感覚で、日常の延長に大見があるという意識をここ半年くらいで感じていて。研究もやっているんですが、研究としてやってるわけではなくて、四六時中ずっとそのことも考えます。そういう意味ではメリハリはないのかもしれないですが。

山田:たしかに、地続きだよね。研究していることと、あの土地との紐付けはしやすいじゃん。前回の関東会で学生に聞きたかったもうひとつは、学生のみんなだったら大見で何をやる? という話で。さっき阿部くんが言ってた人工知能の話とかは面白かったんだけど、趣味で大見に行っている松崎くんだったら、何をやりたい?

松崎:大見は定住者というレベルの関わり方じゃなくて、プロジェクトの人たちみたいに週末だけ行くとか、普段は働いているけど畑をやるためにとか、ツーリングをしに来たりとか、マニアックな神社を見に来たりとか、関わり方のレベルが緩い人たちが沢山いると思います。なので、そういう人たちを受け入れるような、建築じゃないけど建築未満の溜まり場のようなものをつくりたいですね。

山田:道の駅みたいな?

阿部:休憩所?

西村:宿泊もできるような場所ですか?

松崎:宿泊まではいかないんですけど。

山田:山小屋?

松崎:イメージは近いですね。そういうのをつくったら良いなと思いますね。楽しいと思います。

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京都大学で教職をしているリーダーの北さん(真ん中)や笈田さん(右)ら拠点部は、築200年以上の古民家の続き座敷を改修している。

「慈善活動的な意識は一切ないです」

笈田:わたしの場合は本当に何もないヒマな日は堕落した生活になってしまうので、やり尽くす期間をつくるようにしています。オンオフをきっちりすると、どっちも相乗効果というか、勉強してる時も遊んでる時もどっちも楽しく感じると思っていて。平行して、ただ予定をこなしていくようになってしまうのは嫌だなと。この日は遊ぶ、この日は勉強する、仕事すると決めたいですね。大見も、ある意味わたしにとっては遊びに近い感覚で行ってます。

山田:遊びか。YouTubeと一緒?

笈田:YouTubeとはまた違うんですが、大学の友だちは、遊びと勉強と休みとが混同していてごちゃまぜで、課題とか授業でもみんなでどこかに遊びに行っている感覚があって、そうじゃないと最後まで辛くてやり切れないんだと思います。

西村:大見に参加するきっかけは何だったんですか?

笈田:大学で大見新村の川勝先生の授業を受講していて、授業の話の中で、大見の話が出てきて、DESIGNEASTを毎年やってることは知っていたんですけど参加できなかったのですが、今年は京都でやるっていうのと、いままでとは全然違うプログラムということを聞いて、行ってみようと思いました。

山田:大学では何を学んでいるんですか?

笈田:空間デザインコースというところに在籍していて、いろいろやっています。写真から木工、建築やプロダクト、ファッションなど、何でもやるんですけど逆に特化したものがなくて、唯一学科で掲げているのが『ソーシャルデザイン』っていう分野をつくっていこうとしていて。

山田:『ソーシャルデザイン』って?

笈田:社会貢献性の高い活動だったり運動をデザイナーとして進めていこうという考えです。でも実は学科の中でも二分していて、それにすごい賛成する学生たちと、そもそもデザイン自体がソーシャルなのに何でわざわざソーシャルデザインなんてつくるんだと言っている学生もいまして。

本間:ソーシャル疲れはあるよね。

山田:笈田さんはどっちなの?

笈田:わたしはソーシャルデザインという分野じゃなくてデザイン自体がそもそも社会的だと思っているので、言葉をつくってわざわざ言うことでもないのかなと。

本間:笈田さんは大見新村に関わる前に、何かこのような活動をやっていたんですか?

笈田:大学に入学してから三年間続けているんですけど、フェアトレードのNPOに参加しています。大学に入学した時に説明会があって、アバカという特殊な素材を生産することと、日本国内じゃなくてフィリピンの現地と一緒に商品を開発・デザインしていくというのを聞いて、1年生の初々しかった自分は面白そうだなと率直に思ったんです笑。3年間やっていていま思うのは、「やってあげてる」という態でするのは違うなということで、こっちも得ることがあって、現地のフィリピンの方々も得ることがあるという関係でありたいです。

山田:具体的にはどういうプロジェクトなの?

笈田:アバカというフィリピン原産の繊維状の植物をつかった新しい商品を開発しています。日本では家具とかインテリアに使われているんですが、繊維を編むことによってランプシェイドをつくったり、いままではそんなのが多かったんですが。麻に近くて、マニラ麻という別名があって。その素材を使って新しい商品をつくって欲しいという依頼が学生にあって、商品化までして売るんです。1年目は関西国際空港とコラボして、実際にクッションとバックを売って、2年目は取組みが新聞に取り上げられたことで、それを読んだ広告代理店の社長さんと、新しい商品をつくって、3年目の今年は個人個人がどういう風にしていくかこれから稼働、というところです。

本間:じゃあ立ち上げからずっと関わっているということですか?

笈田:そうですね。来年も。もしかしたら、もっと長く関わるかもしれないです。わたしは学科がソーシャルデザインっていうことを掲げる前からアバカをやっていたので、別にそれを意識して3年間続けているわけではなくて。でも、大学でやってる学生たちも多分みんな自分のためだけにものをつくってるんじゃないはずで、それをあえて声を大にして言うことではないのかなと。

山田:フェアトレードのプロジェクトに参加した初々しい笈田さんと、川勝先生の授業で大見に興味を持った3年生の笈田さんは通ずるものはあるの?

笈田:3年続けてくると実際のNPO内の事情や運営のことなども知ってきて、いままで純粋にやっていた活動とは違う面も見えてきて、すべてがすべてきれいなことじゃないなと思っていて。お金のこととか、海外の現地の英語も通じない人たちとのコミュニケーションの壁とか、自分が思っていた以上に難しくて。それなのに周りの人からは『すごいねー』とか『そんなことやってるんだ』という目で見られているギャップを感じてしまう。もともと、NPOとかフェアトレードのようなことをやってる人たちってどんな人たちなんだろうと高校生の時に思って、漠然と『良い人たち』というふうにまとめて見ていたのですが。でも実際には、利益がない状態でいろいろ苦しんで動いている人たちを見ると、良い部分だけじゃないんだなと思いました。

山田:大見新村なんて毎回ケンカしてるもんね。どう、大見新村の人たちは?

笈田:いいと思います。何も言わずに『良い人たち』で済ましていると「自分たちはこんなに良いことやっているのになんでわかってくれないんだ」って気持ちになって続かないと思うんですけど。フェアトレードも継続的に続けることが大事で、一度だけ買って終わりだとイベントと変わらず、日常的に習慣にしていかないと。

西村:わたしも一時期、京都の市民環境団体みたいなところでフェアトレードを伝えていこうという活動をしていました。そのときは小さい子どもたちに絵本でフェアトレードっていうのはこういうことで、自分たちが普段買っているチョコレートを、ちょっと選択を変えれば支援に繋がるんですよ、ということを伝えていました。だから実際の団体の中の事情まではわからなくて。大見新村の活動とはどのように繋がってくるんですか?

笈田:「こんなに良いことやってるから売れるだろう」とか「これだけ頑張れば人が来るだろう」とかと同じように「こういうことをすれば藤井さんが喜んでくれるんじゃないかな」とか。期待しすぎる部分と、もしかしたら違う方へ行ってしまうかもしれない危険性とかを考えていて、いまやっているフェアトレードの活動と、大見新村の状況はけっこう似ているなと。どうなるかはわからないけど、とにかく動かなきゃいけない状況というのは。

西村:「自分たちがこんな良いことやってるんです」というのを発信していくことだけでは人が集まらないというのは繋がるかもしれないということですね。わたしはそもそも、大見新村がどれだけのところをゴールとしているのか、しっかり把握できていないので、フェアトレードと重ねて良いかどうかもわからないですが。最終的にはいろいろな人に知ってもらって、あそこがひとつの町として成り立っていくことがゴールですか?

阿部:目標は10年後10世帯でしたよね?

本間:数値目標はね。でもそれも、創設者である藤井さんや川勝さんが最初に掲げたビジョンであって、それが本当にできるかどうかというのとか、それだけを目標としてやっているのかというと、そうではないし、それだけを目標にやっているプロジェクトでもないです。

笈田:藤井さんもですか?

本間:藤井さんもそこはドライな考え方をしているんじゃないかな。10人集めるんだったら、プロジェクトがすでに3年経って未だに新規移住者が1人も見つかっていないし、そもそも土地も家も確保できていないし、それだけが目標だとしたらもっと優先してやるべきことがあるでしょという反省もあって。それに、大見に自律して生活していきたいという人が出てきたとして、彼らのために家や土地を確保することまで僕らがやらなきゃいけないことなのか、とか。大見新村プロジェクトは廃村を再生させるとか復活させることを掲げてはいるけれども、大見新村が「良いこと」をやっているという認識はそんなにないです。慈善活動的な意識は一切ないです、はっきり言って。藤井さんは子孫の土地で、農業の仕事の場として大見に暮らす動機があった。けど、いま関わってる他の人たちは大見とは縁もゆかりもない、言ってみれば赤の他人だから、集まって関わってる人たちもそれぞれの興味があって関わっていて「良いことやってるから」ということよりも意識しているのは「楽しくやってる」というのを大事にしたいなと思っているかな。

山田:ソーシャルデザインとか、最近多い地域活性とか地域づくりの「良いことやってる地域団体」みたいな見られ方は、僕らが見せたい大見新村プロジェクトのかたちじゃなくて。もうちょっと緩やかなネットワークの場になれば良いかな。

本間:バランスは難しいんだけどね。ただの市民サークルのようになってしまわないようにしないといけないから、その辺りのメリハリは必要で、内輪の馴れ合いになってしまって新しい人が入りづらくなってしまうようにはしたくないし。だから基本的には来る者拒まず、去る者追わずだし。もちろんめちゃくちゃにされちゃ困るから、そういう意味での最低限の人は見るけどね。それぞれの興味の活動の積み重ねから、新しい村の使い方とか暮らし方とかが出てきたら良いんじゃないかなと思っています。だからプロジェクトとしての大きな目標とかゴールというのは設定していなくて、プロジェクト自体が場やプラットフォームになれば良いという意識でしかないです。

「ゴールなき方向性に慣れている人たちが多い」

山田:たしかに緩い人たちが沢山来てるプロジェクトだよね。

松崎:プロジェクトとしては定住というのを掲げているじゃないですか。

山田:藤井さんたちがつくってね。3年前に。

松崎:いきなり縁もゆかりもない、それどころかインフラも整っていないところに定住というのはさすがにハードルがありますよね。

山田:西村さんだったら何をする?

西村:わたしは実質DESIGNEAST以来大見に行っていないので、一番浅い立場なのですが…

山田:そういう立場から見てどう? 一番浅い人から見ると。

西村:率直に言うと、行くまでに億劫になります。山道だし遠いので。行きたいなと思ってあそこにワープできるなら良いんですが。何かできることがあれば良いですが、空いた時間でというのがあったとしても誰かに車を出してもらうのをお願いしなければならない状況とか、交通手段の面で億劫になりますね。かと言って山口さんのように自転車で山を登る勇気はないですし。

山田:その勇気は要らないよ笑

西村:もっと気軽に、あまり内輪になりすぎずに。わたしは全員のメンバーの方にお会いしていないのでどれだけの深さがあるのかわからないんですが、ミーティングとか参加してくれても良いよと声をかけてくださっていたんですが、『行って良いのかな』とか。

笈田:わたしも同じです。

阿部:僕も北先生がいなかったら参加してないですね。

山田:松崎くんくらいだよ、ヅカヅカと来たの

一同:

山田:ヅカヅカととは言わないでください!

本間:去年の秋に突然ノコノコとやってきたね。でもあの勇気はすごいなと思うわ。

山田:それは入りにくいってこと?

西村:いえ、自分に何ができるんだろうっていうのがわからないです。みんなそれぞれポジションとかがあるとしたら、あるのかどうかわからないですけど。

本間:ポジションなんてないよ。

山田:あるよね~、ある感じする。

西村:印象的だったのが、松崎くんがみんなが思いに差がある、何をもってみんなが大見新村プロジェクトに参加しているのか知らないって、松崎くんでさえも把握できていないというの。

本間:それはみんな把握できていないよ。

西村:そうなんですか!? 何となくみんな集まってるんですか? じゃあ今回のこうやって話すのもすごく良い機会ですね。

本間:こういう場をきっかけに知りたいという意図も企画にはあるんですけどね。

山田:そこって何となく世代論になるかもしれないんだけど、何かを把握していなくても良いとか、この人が何を考えているのかわからなくても、大丈夫になってきたんだよね。東京にいた時は、ご近所付き合いとかで、隣に住んでいる人が何者であるかを把握していれる方が安心だみたいなところはあったんだけど。人とのコミュニケーションにおいて、自分のポジションを考えなくても目の前の利害関係で関係を構築できるようになってきたというか。それはサークル的な関係にも近いのかもしれないけど。たとえば、部室に来ること自体が楽しいみたいな感覚。

本間:部室?

山田:なんか、優勝しないといけないとかコンクールがあるから練習しようとか、そういう人もいるんだけど…うまくまとまらないけど、このプロジェクトに集まっている人たちはゴールなき方向性に慣れている人たちが多い気がする。

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大見新村プロジェクトは現地での作業とは別に隔週で市内で運営ミーティングをおこなっている

本間:西村さんは2015年の4月に社会人になって、どこが勤務地になるかわからないけど、自分がいまの関わり方もあって、社会人になった時に大見新村のようなプロジェクトってどう見えるのかな? 関われそう?

西村:いま大見新村で毎日働かれている方が休日に大見に行くっていうのを聞いて、自分も同じような立場になった時にそれができるのかなと思った時、それくらいプロジェクトに魅力があったり、何か個人的なモチベーションがないと難しいと思います。そもそも好きとかやりたいって気持ちがないと参加はできないですよね。でもわたしはまだいまの段階ではもっと知りたい、という段階です。まだ関われていないと思います。

本間:3回目は社会人として働いている勤め人の方々の座談会ですが、何を聞きたい?

阿部:やっぱり先ほど言っていたモチベーションについてはお聞きしたいですね。平日働いているにも関わらず週末に大見に行くモチベーション。

松崎:それこそ趣味なんですかね?

西村:大見新村には職場では味わえない何かがあるのか、お聞きしてみたいです。

■取材:2014年11月13日 京都大学 食堂にて

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大見新村プロジェクト

1974年に集団離村し無住集落となった大見村をもう一度新しい村に再生させるプロジェクト。村にルーツをもつ藤井康裕が有機農家として大見村へのIターンをきっかけに2012年7月にスタート。プロジェクトに参加しているメンバーは市民や学生、会社人、研究者、専門家など多岐に渡り、京都市を中心に大阪、滋賀、名古屋、東京など広域から参加している。3年目である2014年現在、入村部、インフラ部、開墾部、拠点部、KARI部、kikori部、シコブチ部、リサーチ班など各プロジェクトが活動し、都市と農村の新たな暮らし方を模索・実践している。

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本間智希(ほんま ともき)

1986年静岡県富士宮市生まれ、東京都町田市育ち。早稲田大学創造理工学研究科修了。専門は日本の近代における民家・集落研究。2013年より京都に移住し、建築リサーチ組織RADへ参加、主としてフィールドワークとリサーチを担当。個人でも京都造形芸術大学通信教育部発行のWEBマガジン『アネモメトリ』の編集業務や研究機関での文化財調査業務に携わる。大見新村プロジェクトには2012年7月のスタートから関わり、現在事務局長を務める。

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山田毅(やまだ つよし)

1981年東京都小平市生まれ、武蔵野美術大学芸術文化学科卒業。長らく武蔵野美術大学で、研究制作を続けて、その傍ら、美術展企画や舞台制作、ドキュメンタリー制作などに尽力し、芸術と美術、作家と作品、ものつくりの世界に触れる。2013年京都に拠点を移し、KANSAI ART BEATなどの編集業の傍ら、大見新村プロジェクトに参加。事務局広報として活動している。

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