KAB Dialogue インタビュー/対談

Vol.8

インタビュー2013.04.01 UP

旅の仲間を増やしながら、世界と時代と共に歩く

椿昇(アーティスト)

  • 聞き手:下野文歌
  • 撮影:川崎由真

今春から開催中の「瀬戸内国際芸術祭2013」の中でも一際異彩を放つ「小豆島醤(ひしお)の郷+坂手港プロジェクト」のディレクターを務める椿昇さん。京都造形芸術大学 美術工芸学科の学科長でもある立場もふまえ、お話を伺いました。

—今日は椿さんがアートとどんなお付き合いをしてきたかということをテーマにお話を伺いたいと思います。まず自分をアーティストとして認識し始めたのはいつ頃ですか。

そんなのは物心ついたときからだよ。天才とはそういうものさ(笑)。人のいうことも全く聞かない子どもで、生まれた時からずっとひねくれてる。大人の言うことは全て嘘だと思っていた。親にも「お前は橋の下で拾った子だ、うちの子じゃない」と言われ、そうなんやーって。最初の開き直りが結構大きかったんやね。常に圧倒的外部でいたいっていうのがあって、普通にしようとしたことは一度もない。天文学や政治など、これまで色々学んだけど、高校一年生くらいにその外れっぷりが美術という枠に落ち着いた。消去法で選んだ道なんだけど、今は素敵やなと思っています。それで、英語の配点が少なかった京都市立芸術大学に行った。ただ、芸大に行ったからといってアーティストにはなれるとは限らない。俺はそんなこと構わないで、偶然の重なりで、そのままここまで来たって感じ。

小豆島醤油蔵 ※瀬戸内芸術際2013で外部から誰もが鑑賞できるようになった施設。地域に生きる素晴らしい食文化をアートとともに堪能してもらうために企業にお願いして実現。

—作品を制作することと同時に、次の世代へ教えることも常に行ってきたと思うのですが、教えるために必要なものは何だと思いますか。

まず感覚だけでスタイル真似てる学生をコーチたる我々が見抜いて、どこがダメ!なのか具体的に指示できることやね。写真をペタペタっと貼るようなティルマンスの真似事なんかで満足せずに、一回ホワイトキューブで本当に厳密な仕事をやってみるべき。そういう仕事をすることによって、東洋人としてどうなのかという、西洋に対する批評的な面がどうしても出てくる。そこをどう乗り越えていくのかを伝えるのがまず指導者の力量を図る第一歩。
次に、自分じゃなく文明に向き合う意識を持ってもらうことは必須。みんな視点が自分が中心となって、小さい「私」に閉じこもってるやん。これからは「私」ではなくて「我々」だよ!ゴーギャンも「『私は』何者なのか、どこから来てどこへ行くのか」ではなく『我々は』と言っている!だから『我々は』と考えなさい。それが文明を考えるってことや。
あとは結果としてアートになってもならなくても、すべからく創造的であって欲しい。全てが思想や文明、歴史観に基づいた概念に繋がっているから。そしてそれは常に新しく世界と時代と共に更新されていくから、それと寄り添いながら歩く人になってもらいたい。そういう旅の仲間をつくっていきたい。ついでに、コーヒー豆でも何でもいいし、何かこだわる人じゃなきゃというのはあるね。それが指導者のチャームといえばそうなのかな。だからこだわってない奴を見るとめっちゃむかつくし、ええかげんに課題出してきたら銃撃する。スゴイものはカッチョ良いねん。俺はそれを信じてんねん。カッチョ良くないと思う奴はやっぱどっか手抜きしているからで、そういうのは表面に出てくるやん。

ー現在、椿さんは京都造形芸術大学で学科長も勤めていらっしゃいます。学生が学部4年間で単純な「絵が好きです」という気持ちから、「大きな世界のことを考えられるアーティスト」へと考える変化は実際に成されるものですか?

アーティストへという変化は無いかもしれへんけど、取り組む姿勢や意識は改造できると思っている。自信満々で迷いなくやってるね(笑)。俺は、指導は学生に合わせる必要は全然無いと考えてるし、それが義務と思っている。こっちが理想とする事を学生に投げて、その後、その解釈をどうするかは彼らの問題。ただ、自由にして良いよという訳ではない。意外と厳格なんだよ。
ついでに君たちが一番不安に思う就職のことについて言えば、クリエイティブなものの考え方ができるようになったら就職なんか目じゃない。あるいは、就職なんてケチなこと考えんと、自分で仕事作ればいい。結果として仕事と呼ばれるようになるかもわからへんけど、要は、自分がすることに対して誰かが対価を払ってくれたらそれは仕事になる。そういうことは無数に可能性があって、それは自分の態度次第や。世界が欲しがってる人になればいいんや。根拠のない自信をもつのがベストやと思う(笑)。一番良くないのは、3回生になってリクルートスーツ着て企業に行こうと思うこと。皆リクルートの就職戦略の餌食になってるだけで、あんなもんプロパガンダやで。そうじゃなくて、魅力的な人材になればみんな欲しがるんやから、「どんな企業も欲しくなる私になって輝いてやる!」と思ったらいい。行きたい会社あったら、「ピンポーン、私に働かせてください」って言えば入れてくれるのに何でみんな行かへんの?我々の世界はそうやって仕事作るべきやし前例は山ほどある。就職のことを考えてちっちゃくなるな!!今の日本の社会には、クリエイティブな人間を創ることが重要やと思ってる。そうすれば必ず社会は変わる。

ー椿さんは35年以上も教師でありながら誰よりも子どもの目線をもっているように感じます。あるインタビューでは、イタズラの重要性についてもお話されていますが、椿先生が今一番したいイタズラはありますか。

今答えられる具体的なイタズラって言われると難しいね~。作品も仕事も基本的にイタズラ心でしかけてるんだけど、世の中や世界の仕組みに対する新しい実験の要素が強くなって、最近では単純にイタズラではもう済まなくなってる。外的な要因として、やっている仕事のレベルが割に複雑になってきたんやね。美術館ていうフレームの中で守られて、自分の中のビジョンや概念を表に出していくのは一番ハピネスな瞬間で、俺にとって自分が考えている理念や概念を最も正確に表現しやすい。でも社会に出していくと無数のノイズが混ざってきて、自分が思ってるクオリティを維持するのはものすごく難しい。ただ俺にとっては両方がとても重要で、美術館の中で考えたエッセンスを社会で実験していくようにしてる。でもイタズラで政治のシステムを変えられたら一番かっこいいんやろなと思うけど、結果として美術とは何かと考えたら、血液が循環してるってことなんかな。手が温かいとか。きわめて循環がきれいに廻ってること。循環をきれいに廻すには細かいメンテナンスが必要で、それが欠けると美ではなくなる。だから我々が生きてる空間や、政治の仕組みなど全て含めて美術の対象になればいいよな。そうすれば最終的には空気や水みたいに意識しないものとなる。そのレベルまで行くと、アートかな。

京都国立近代美術館展示風景(2004–2009: GOLD/WHITE/BLACK「mushroom」)
※2004年から2009年まで、パレスチナやバングラデシュ、六ケ所村やアメリカの露天掘り鉱山を巡り人類の欲望をテーマ開催された展覧会。エントランスから30mのビニール製核ミサイルを押し込むなど日本の未来への危惧も表現した。

ー美術館では御自身の理念や概念を自由に表現されていて、そこで行われている言葉の組み替えは意識的でミステリアスな力があると思います。それが外に出た時、具体的にはどういったものになるでしょうか。例えば、今年の瀬戸内国際芸術祭はどうですか?

この芸術祭は、美しい自然のおまけだってとこが素晴らしい。日本人は昔からお伊勢参りなどをしていたけど、現代においてはお年寄りしか行かなくなってきていて、そういった機会を新しく作る必要があるとみんな感じている。だから、この芸術祭はその新しい巡礼イベントとして成功した。例えば首都圏から押し寄せてきた多くの人が、山を汗だくで登った時になんでもない石がぽつんと一つ置いてあった時、それが誰それのアートだと言われたら普通なら怒り出す。でも、怒らないのはそこに瀬戸内の自然があるから。だから瀬戸内にはアートとは何なのかという根源的なパラドックスがあると薄々体験者は感じている。ニュータイプのアートは美術館の中でも公園のオブジェでもないところに浮かんでるんだね。体験や行為、大自然や観客などを全部含んだ中にある特異点としてのスポットが、誰かに覚醒をもたらすことができれば、それはホワイトキューブの中で無理矢理見させられるものより価値あるものかもわからへん。これからは、こけ脅しにオブジェだけ作って持っていってポンと置くような形のアートは通用しなくなってきて、いろんなものを織り込んだ上で、地域や自然を相手にがっぷりよつに組めるアーティストが必要になってくる。そうなってくるとまさに、旅にさまよう修験僧のように環境との対話能力がアーティストに要求とされてくるようになるね。

ー自然だけじゃなく、コミュニティも含んだものということですか?

全部全部。だから托鉢の僧侶みたいなもんやね。アーティストもこれから托鉢が必要になってくる。托鉢の何が面白いかというと、キリスト教が崩壊し始めたときに、現在におけるキャピタリズムと同じようになってね、だから原理主義みたいなのがいっぱい誕生してきてさ、アッシジのフランチェスコみたいに托鉢教団を率いる奴が出てきた。ぼろぼろの格好をしてギリギリ生きてるんやねんけど、不思議な経済が成り立つわけや。どうして成り立つかっていうと、その貧苦に耐える姿にみんなが寄進するから。あんまりええとは言えへんけど、この手でも結果的に莫大な富が築かれる。違うシステムができた訳や。けどやっぱりそれは何かって言うと、外縁と都市の悩ましい関係なんや。都市の中に金も集まって全部そこで回って完結してるように見えるけど、文明の中のどこかで神殿は破壊され、神殿を出て行く奴が現れてシステムは内部からも外部からも更新されるわけや。だからそういうところに新しい可能性はあるやろうね。アーティスト全員がそういうことを意識してるかっていうとそうじゃないけど。でも少なくともこういうところを理解した上で表現しているアーティストは実に多いと思うよ。若手もすごく考えてるし。

ーずばり、アートは、アーティストはどうあるべきなんでしょうか。

現在、キャピタルなアートって言うのは最もリスクが少ない証券としての対象になってる訳よ。世界の中枢にある利権をみんなで守ろうってのが農耕以後の習慣だからね、村上隆が言ってる通り、今後は美術館にある作品じゃなくてアートマーケットで買われた作品が歴史に残るというのが定説。でもそれがある一定の限界を超え始めると、それに対して宗教改革と反宗教改革のようなベクトルが出てきて揺り戻しが起こるのよね。歴史って必ず揺り戻しが起こるから。今はキャピタルなものと次のベクトルがせめぎ合いが起こって共存してる。俺らがソーシャルにやってるアートに流れてるお金は、キャピタルな世界標準の金融工学的な金銭の価値から言うと無に等しいとしても、個々のメンタルや、時代の気分を織り込んでいった時の総量はそんなに小さくないと思ってる。まさに贈与の経済やねんな。キャピタルな経済だけが、人類の経済じゃないねん。その贈与の経済の中にある可能性ってのはこれからもっと広がると俺は思ってる。今後はそういうところに、アーティストやクリエイターなど強烈にコミットしていく可能性もある。だから到達すべきフォームは無いんだね。では形が無いと不安な子が多すぎるけど、最初から未来に形は無いんやから、次を生きていく君たちはできるだけ多様な考え方と道具を手に入れて、どんな形にも対応できるようにしていかなあかん。その時にクリエイティブであるということこそが最大の武器になる。圧倒的に柔軟で、カスタマイズ可能で。作品をつくることだけじゃなく、アーティスティックなものの考え方や姿勢ってのがもっとも役に立つと俺は信用してる。

六本木アートナイト2010「マザーナイト」
※一晩で70万人の動員記録を作ったプロジェクト。
アリーナをメイン会場に地球温暖化の原因とされる二酸化炭素の濃度で切り替わる映像を内蔵した。二酸化炭素を悪者にする短絡的な発想に警鐘を鳴らす14mのモンスターを製作。

■取材:2013年2月16日 ■場所:京都造形芸術大学にて ■ 監修:HAPS http://haps-kyoto.com/

Plofile

椿昇(つばき・のぼる)

京都造形芸術大学美術工芸学科学科長。関西に拠点を置き、1980年代から現在まで活躍を続けている現代美術作家。森村泰昌、宮島達男などとともに、戦後世代の日本の美術作家を紹介する歴史的な展覧会「アゲインスト・ネーチャー」(89-90年に全米を巡回)に作品《フレッシュ・ガソリン》を発表して注目を集め、1993年にはベネチア・ビエンナーレ、横浜トリエンナーレへの出品、水戸芸術館での個展《国連少年》などを立て続けに登場し、衝撃を与える。人間とテクノロジーやシステムの関係を問い直す作品を通じて、日本や世界各地の人々と、過激で根源的な対話を続ける作風は、さらにうねりを上げて現在に至っている。

下野文歌(しもの・ふみか)

京都造形芸術大学 美術工芸学科 現代美術コース在籍。ものづくりの現場からアートに携わろうと、椿昇「RIGHT SHEEP 2012」、ヤノベケンジ「Sun Child」「THE STAR ANGER」「ANGER from the Bottom」「ジャンボトらやん」などの制作に関わる。

川崎由真(かわさき・ゆま)

京都造形芸術大学 美術工芸学科 現代美術コース在籍。ヤノベケンジ、椿昇等の立体作品の制作に携わるほか、フライヤーのデザイン等で活動中。

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