KAB Dialogue インタビュー/対談

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Vol.36

2015.01.31 UP

世の初めから顕れていること

「光の洞窟」展 (KYOTO ART HOSTEL kumagusuku)

  • 文:奥脇嵩大(キュレーター/アートコーディネーター)

京都四条は大宮駅から後院通を北に上がって徒歩約10分。細い路地と路地の間に「KYOTO ART HOSTEL kumagusuku」(以下「クマグスク」)は建つ。アーティストでありオーナーの矢津吉隆により築70年の木造アパートを改修してできたクマグスクは、日常に根ざした体験を通じて作品を味わうことのできる宿泊型アートスペースとして誕生した。本ページではクマグスクで開催される展覧会「光の洞窟」とその出品作家について紹介したい。

「洞窟」へ

 大地の奥深くひらかれた「洞窟」。それはおおよその動物たちにとって閉じられた空間である。しかし人にとって洞窟とは常に心を揺さぶり、人と精霊的な世界をつなぎ、イメージを生むための場所である。例えば文化人類学者のハンス・ペーター・デュル(1943-)をして洞窟壁画とは、描き手が「洞窟壁面の奥から動物の精霊が生まれるのを願って、芸術行為によって出産を促していた」(註1)とされる。
 ヒトという種が共に生きて「人間」になる時。それは世界が区切られ、複数化する瞬間でもある。ジョルジュ・バタイユ(1897-1962)は人間の世界が「労働」から生まれ、生と死にまつわる「禁止」概念下に存在することを唱えた(註2)。そこでのイメージの役割とは何か。それは数多の「禁止」によって編まれ、多層化した世界構造を可視化し、人間と「禁止」の境目の間に遍く存在するものたちをつなぐ媒体(メディウム)となることである。
 そして様々な境を溶かし、世界を洞窟の暗がりの奥へと還したあの大地の揺さぶりを経験した私たちは、今一度、身をよじりながら洞窟にもぐり、生と死の境界線上で生まれるイメージの現場に立ち会わなければならない。融解した「禁止」を超克するそのイメージたちは、生と死、過去・現在・未来を併せもつ、最も旧く新しい姿をしているだろう。「光の洞窟」展はそうしたイメージをつかむ手がかりとして開催される。

 exonemoはアイデアと様々なデバイスを駆使して、アナログとデジタルの境を渉猟するアートユニットである。名前に接頭語「exo-(外へ)」とラテン語「nemo(何者でもない)」を冠した「exonemo」は、あらゆる領域から自由にはみ出しつつ、知覚体験の可能性を模索する。
 出品作の《exonemo.com/fireplace》(2014)は、キーボードやその他情報機器が薪とともに火にくべられ、燃える様子をうつした映像作品である。火は人の智慧と文明の起源、そして火を囲む炉は古来より家の中心に据えられ、生と死をつなぐ場として機能してきた。農政学者・思想家の安藤昌益(1703-62)は「灰土、活真体在りて、木火土金水、自行進退、互性八気、通横逆の妙用を為す」(註3)とし、進退を繰り返しながら相互に関係し、循環する自然の五大要素の宇宙的なあり方と、それを促す灰を保つ囲炉裏の役割について指摘した。火が死と再生をつなぐ媒体であるのであれば、本作は人間・文明・自然の連関を示した21世紀型の囲炉裏といえるだろう。

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exonemo《exonemo.com/fireplace》《Photoplasm》展示風景 撮影:大西正一

 もう一つの《Photoplasm》(2014)のタイトルは、「Protoplasm(原形質)」と「Photo(光)」を掛け合わせた作家の造語である(註4)。4つのモニターと再生機器で構成され、画面にはそれぞれ人の頭部・胸部・腹部・脚部の映像が出力される。モニター画面は絵画的なマチエールで覆われ、一見して人体像が描かれているように見える。しかし映像中の身体は絶えず呼吸し、微細な動作を繰り返すことで、そうした見方を拒否する。描いた手の痕跡とその中の映像の身体とが同居し、その関係の境が曖昧になることで、実際の身体とイメージの身体は宙吊りとなる。
 映像はそこにうつるものの生を何度でも甦らすが、絵画は基本的に一回性を旨とする。映像か絵画か。魂か肉体か。しかし本作をしてそうした二元論的な見方は超克され、「魂の肉体感覚」とでもいうような、魂と肉の境にひそむ、今までに名付けられたことのない感覚をすくい上げることに成功しているようだ。そして両作品を擁する展示空間は人の無意識の底から意識の表面までを往還し、人が自らの魂と肉体のオルタナティブなあり方を立ち上げるためのイメージの座としての役割をもつ。《Photoplasm》に見守られ、《exonemo.com/fireplace》を見つめながら眠り、起きる人の身体・感覚・意識はどのような変容の朝を迎えるのだろうか。

 映像作家のSarah Vanagtは、被写体の裏にひそむ社会の現在と歴史をあぶり出すとともに、時に考古学や人類学的な注視を交え、境にひそむ心の動きや神話論理を浮き彫りにする。
 本展に出品される《Resurrections》(2006)は、アフリカの子供たちの人形遊びの様子をその手元を中心に撮影した映像作品である。人形を埋葬しに行く場面に始まり、大人たちの儀礼を真似た様子で弔いの儀式が行われる。人形は他の人形の手足を得て遊びの中で蘇る。遊びには複数の子どもが参加し、人形に付与される設定は子どもや母親へと、めまぐるしく移り変わる。
 人の世界において「生(性)と死」にまつわる概念を扱うことはタブーとして「禁止」される。しかし《resurrections》は、子どもの遊びを通じて「禁止」以前の心の動きから生まれるイメージの源泉を捉える。

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Sarah Vanagt《Resurrections》2006 ビデオ作品

 エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ(Encyclopedia Cinematographica 以下「EC」)は、1952年にドイツの国立科学映画研究所が設立した科学映像のアーカイブ事業である。その特徴の一つに過度の解説、演出、芸術的表現を避け、被写体に極力干渉しない撮影方法がある。そうして自然・動物・人間の境を越えた、異なる種族間での行動比較を行うことを目指したECは、民族学分野の方法論における、かつての主流であった。

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エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ展示風景 撮影:大西正一 協力:公益財団法人下中記念財団

 本展では川瀬慈氏(映像人類学研究者/国立民族学博物館助教)の協力の下、動物の動きや生態にちなんだECフィルム映像を展示する。反復される動物たちの動作は、人の心に結ばれるイメージの起源をさらに遡るものである。その起源前のイメージ群は極めて客観的な視点に基づき、見る人と映像との間に距離が設定されることで、かえって映像を見る人が映像に個々のイメージを投影する座としての効果を強めている。
 子どもの遊びを通じて生まれつつあるイメージ。イメージになる前の動物たちの動作。それらはクマグスクの壁や部屋をつなぐ通路に配されることで、次代のイメージの発生を予兆するものとして生と死の境に佇み続けることになる。

 天野祐子は「自然」をうつす。近所の沼地や北海道の砂州、そこに生きる動物たちをうつす作品群は、自然の美しさや驚異を収めるネイチャーフォトの文脈に留まらず、作家独自の解釈による世界認識が付与されることで、作品はさらなる奥行きをもつ。

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 出品作は国立民族学博物館の資料を撮影した連作、世界中の自然の断片を木の立体表面に出力した《Untitled》 (2014)、平面にしてクマグスクの各ゲストルームに展示した《海辺》(2014)で構成される。枝、カリブーの角、毛皮、送り儀礼で捧げられた熊の頭骨、文字、記憶のための紐の結び目、イヌイットの絵画。作品は人が作品に自らの記憶と意識を投影させるための依り代であり、作品は洞窟の如く人と自然がとけあう無意識の構造、心の働きの座となる。木の表面に浮かぶ木目は、人と自然の交感を仲立ちする媒体である。

   天野祐子《Untitled》2014 木、UVプリント 撮影:大西正一

 私たちが天野の作品を見つめる時、自然のモノたち、世界の何処かで誰かがつくり上げたモノたちが、実像を伴って立ち現れる。その像とはモノが孕む時間の姿である。作家が自然やモノたちとともに過ごした時間、人間が生まれるずっと前から木や石や動物たちが過ごした時間、人間が拵えたモノたちが過ごした時間、そして今この時に作品の前に佇む者たちの時間が並列に立ち上がる。それぞれの時間の集積と連なりの軌跡の下に立ち上がる時間は、やがて奇跡にも似た体験となって鑑賞者の前に還って来る。

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天野祐子《枝角 (Caribou) 》2014 インクジェットプリント 所蔵:国立民族学博物館

 眼前に飛び込んで来る光景との出逢い。それは人と世界の衝突の瞬間である。光の下にその瞬間をつかまえ、伝える天野の作品を見ることは、過去と現在、現世と来世、現実世界と精霊的な世界をつなぐ呪術者(シャーマン)の働きを知ることである。天野の作品を前にした今この時、私たちは、遠く隔てられたようにみえる人と民族、自然と文明とが、自分たちの傍らに遍在し続けていることに気付かされる。天野の作品にとって自然は自然(じねん)として、世界のあるがままの全てをひらく媒介である。そして私たちにとっての過去・現在・未来は同じ地平にあり、身体を通して立ち上がるものが全てとなる。

世の初めから顕れていること

 南方熊楠(1867-1941)は様々な事象の理が集合・交差して変容する核となる点を「萃点」(註5)と表現した。魂と肉体の間で未だ名付け得ない感覚を掘り下げるexonemo。Sarah Vanagtがつかまえるイメージの始まる場所。「エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ」の動物たちがひらくイメージ以前の光景。そして遍在する時間と空間、その間の人の意識/無意識領域を立ち上げる天野祐子。彼らのつくる作品の一つ一つは展覧会を訪れた人々にとっての「萃点」であり、夜空に点在する星々であり、次の時代のイメージや知覚体験のあり方、表現の可能性の一端を示す燈火である。恐らくイメージ下の世界の全ては、ヒトが人間になったその初めから既に顕れていた。これからの私たちにできることは星と星とをむすび星座を象るようにして、自らの世界の形をみつけることである。「光の洞窟」展をしてクマグスクは、それ自体が人の無意識と、時に生き方すら照らし出し、変容させる光輝く洞窟となる。

(註1)石倉敏明『自然の産婆術ノート』(「自然の産婆術/MAIEUTIKE 野生の創造」展リーフレット) 2011 4頁
(註2)そしてラスコー洞窟の壁画世界をして「禁止の意識によって整序された世界」と「労働に従属しない動物的生活の領域」をみた。(ジョルジュ・バタイユ『ラスコーの壁画』出口裕弘訳 二見書房 1975 79頁)
(註3)『安藤昌益全集第一巻 稿本『自然眞榮道一』』 校倉書房 1981 3頁
(註4)「Protoplasm(原形質)」は19世紀に発見され、当初は細胞を構成し、生物の生を支える神秘的な媒体と考えられた。こうした原形質を考える時、南方熊楠の研究対象だった植物とも動物ともつかない「粘菌」を想起することができるだろう。科学の黎明期において発見された「Protoplasm」と「粘菌」はクマグスクにおいて反響し合い、《Photoplasm》の奥行きもさらに深まっていく。
(註5)南方熊楠(中沢新一編) 『南方熊楠コレクション 第1巻 南方マンダラ』 河出文庫 1991 296頁

KYOTO ART HOSTEL kumagusuku

"アート(展覧会)"と"ホステル"を合わせ、展覧会の中に宿泊し、美術を“体験”として深く味わえる宿泊型のアートスペース。 展覧会は年一回のペースで開催され、その度に全く違う宿泊空間に変貌を遂げる。宿に本来求められる快適さや利便性からは少し離れ、美術空間で一晩を過ごすことで、時に鑑賞者の価値観を覆し、心を揺さぶるような”体験”を創出する。 http://kumagusuku.info/

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奥脇嵩大(おくわき・たかひろ)

1986年生まれ。キュレーター/アートコーディネーター。現在青森県立美術館学芸員。企画した主な展覧会に「ここから 何処かへ 國府理」(2012年 京都芸術センター)、「青森EARTH2014第2部=『縄目の詩(うた)、石ノ柵』」(2014年 青森県立美術館)等。その他の企画にアーティストと研究者が共同で表現について考え、参加者と実践を行うワークショップ&レクチャー・シリーズ「むすんで、ひらいて〜新・芸術体験プログラム」(2011—2013年 京都芸術センター)等。

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