KAB Dialogue インタビュー/対談

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Vol.30

インタビュー2014.11.28 UP

おまえの唇を こぢあけて
砂をつめこんだのは だれ

増田真結、山口茜インタビュー

  • 聞き手・文:古川真宏(京都芸術センター アート・コーディネーター)

江戸川乱歩が1926年に発表した短編小説「人でなしの恋」。この奇妙な愛の物語が、増田真結さんの作曲と山口茜さんの脚本・演出によって悲哀のモノオペラとして立ち上がります。公演を12月20日(土)に控えた増田さんと山口さんにお話をうかがいました。

―どうして増田さんが山口さんと一緒にオペラを作ることになったのかお聞かせいただけますか。

増田:山口さんとはじめてお会いしたのは、今年3月の京都芸術センターの音楽公演『Emerge』にトークゲストとして山口さんに出演していただいたときです。そのときにオペラを作りたいという話になりました。

山口:周りの人からは、「前からオペラを作りたいって言ってたから、良い機会に恵まれてよかったね」って言われてびっくりしました。実は自分がそんな風に言っていたことをあまり覚えていなかったのです。忘れた頃にこのお話をいただいたのですが、普段と違うプロセスで台本を書いたり演出を考えたりするのが、今、とても楽しいです。音楽家の方と一緒にお仕事をすることはよくありますが、自分の創作スタイルも実は音楽的なのでは、と感じています。理屈で組み立てたり、合理的な考え方でテキストを書いているわけではないので、その点で批判を浴びたりすることも多いのですが、意識ではコントロールできない音楽的なリズムみたいなものを大事にしています。目的を設定しないで感覚的に創作をする事がこれまでは多かったと思います。

―一緒に一つの作品を作り上げていくことについてどう感じましたか?

増田:はじめに山口さんが書いてくれたテキストはすごく演劇的なアプローチだったように感じました。それはそれとして、そこから音楽を発想することが可能だったんですが、次第に山口さんから音楽の方に合わせてきてくれたんだと思います。言葉で固めすぎないことが大事なんですかね。

山口:意識してオペラ用の脚本を書いたというわけではないんですけども、モノローグにしてしまうとなんでも説明できてしまうじゃないですか。セリフで説明しないということが、どこまで可能なのかということが今回の課題です。劇作は言葉を扱う仕事ですが、今回はあえてほとんどセリフを入れないで身体と歌でどこまで伝わるのかということに挑戦したいです。

―劇作を音楽に合わせてきたということについて、もう少し詳しく教えていただけますか?

山口:打ち合わせのなかで増田さんから、吉原幸子さんという詩人が書いた詩を教えてもらい、そこからテキストを組み立て直しました。全然違うことを考えながら書かれた詩なのに、乱歩の「人でなしの恋」にぴったり合っていて驚いたんです。全く違う文脈のもの同士をぶつけた時の衝撃は、今回の作品にとても良い影響を与えると思いました。また、何をもって人に伝わる作品となりうるのかを考えた時に、吉原さんの詩はぎりぎり人に伝わるラインを選んで書かれたものだと感じました。吉原さんの詩が全然違うストーリーラインの中で立ち上がってくる面白さを楽しんでいただきたいと考え、今回のオペラの詞は吉原さんの詩をそのまま引用したものが多いです。

増田:今回のオペラの主人公は、原作では台詞がないんですよね。自分の言葉を持ち得ないということがこの登場人物の特徴なんだと思います。そこを生かすために、既存の歌詞、詩を配置することを山口さんに提案しました。自分の内面を言葉にしつづけるのが定石のモノオペラだからこそ、借りものの言葉でしか話せないという設定が面白くなるのではと思いました。そんな彼を主人公に据えたので、原作の語り部であった女には言葉を持たせず、身体表現のみに限定するというアイディアを山口さんが提案してくださいました。このような仕掛けによって、音楽的な切り口で「人でなしの恋」という物語を組み立てられるのではないかと考えています。

―そもそもどうして江戸川乱歩の「人でなしの恋」をオペラ作品にしようと考えたんですか?

増田:小学生の頃から読書が好きで、そのときから乱歩の短編が一番のお気に入りでした。乱歩が好きだったのは、密室の中で繰り広げられる物語を天井裏の隙間から眺めている感覚で読めるからです。ひとりで留守番しているあいだ、椅子の中や屋根裏に誰かいるんじゃないかと想像するのが子供の頃の遊びでした。作曲の分野に足を踏み出して10年来、ずっといつか乱歩の世界を音楽で表現したいと思っていました。

山口:私も全く一緒で、小学生のときから乱歩が好きだったんですよ。ベタなんですけども、最後のどんでん返しの展開が好きなんです。

増田:「人でなしの恋」はベタだからこそ音楽になりやすいんですよ。男女の出会いと別れ、死がある、といったオペラの典型的なストーリーと同じ構造を持っているので、音楽にしやすいと思います。だからこそ、多様なアイディアを組み込んでいくことが大切です。ベタな枠組みからどうやって独自の世界を作るのかということについて、打ち合わせでは山口さんとさまざまなアイディアを出し合いました。

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―オペラと言っても今回はモノオペラですよね。モノオペラがどういうものなのか教えてもらえますか?

増田:オペラのなかでもモノオペラは近現代になってから登場してきた形式です。モノドラマと呼ばれるものもあり、その定義や区分はあいまいですが、一人の歌手のみが登場する作品がモノオペラの一般的な定義ではないでしょうか。代表的なのはプーランクの「人間の声」とかですかね。演奏会のなかでやや長めの曲や複数の歌曲を物語調に歌って、演出をそれほど施さないタイプのものは比較的古い時代からあるのですが、それをモノオペラと呼んでいいのかは分かりません。今回は主役のほかにも語り手やダンサーが登場しますが、それでも音楽の構成方法はモノオペラだと自分では考えています。
「人でなしの恋」は原作が一人称の語りだけで進められていく形式なので、何が真実なのかわからない緊張感があります。そのような物語の性質を再構成するうえで、モノオペラという形式がふさわしいと考えました。

―今回のオペラの特徴についてお聞かせください。

増田:箏を使うようになったことが音楽的転換点だといっても良いくらい、私の創作では箏が重要な役割を占めます。ピアノだと音の高さが決まっていますが、箏だと一本一本柱を立てて、音程の微妙な調整ができます。そのおかげで私の音の世界が固まってきました。微妙な音の組み合わせによって、男と女、現実と妄想、西洋と東洋などのあいだのマージナルなものを表現することが自分の創作の主題です。「ひとでなしの恋」も、境界的なキャラクターがふたつの世界を行き来するという話なので、私の音楽と重なり合うのかもしれません。今回は、箏とピアノ、打楽器を使いますが、それぞれの楽器の特有の音を他の楽器で真似していって、混ざり合っていくような曲を作っています。叩く、はじくといった演奏方法も真似し合います。ニセモノの音を起点としていることが今回の音楽の特徴です。

―今回のオペラのためにカウンターテナーの藤木大地さんをウィーンからお招きしました。藤木さんの存在は創作にどのような影響を与えていますか?

増田:作曲のプロセスは人によって違うと思いますが、私の場合、とくに声を中心とする曲を新しく作るときは自分の書く譜面に演奏家の特徴が直結します。まずは藤木さんの音源を聴きこみながら、その演奏の中で自分がもっとも惹かれた部分を整理することからはじめました。多彩な表現のニュアンスや、声域の持つ特徴に耳を澄ませるような作業です、次に、藤木さんの声でどんな音楽を聴きたいかということを考え、旋律を作り始めました。一度聴いたら深く記憶に残る声はもちろんですが、藤木さんの歌う日本語の表現は特別なものです。藤木さんが「花が咲き、実がついた」と歌うと、それだけで目の前にその情景がくっきりと浮かんできます。言葉数の少ない主人公だからこそ、言葉の意味が伝わるような旋律を書くことをいつも以上に心がけました。練習もはじまり、藤木さんとは細かい対話を積み重ねながら主人公の心の動きや音楽の表現をさらに作り込んでいるところです。藤木さんなくしては存在しなかった音楽が形になってきました。

―ダンサーの松尾恵美さんはどうでしょうか。

山口:ふだん演出をする時は、あまりイメージを持たないで現場に挑むことが多いです。戯曲を読んで感じることや目に浮かぶこと、やってみたいことはたくさんあるのですが、過去に、それに囚われて目の前の俳優やダンサーを無視してしまったりすることがしばしばあったので、最近はなるべく印象はふわっとさせて決めつけないまま稽古場に向かうようにしていました。ところが今回は、増田さんと事前に色々なアイディアを出し合ってつくり上げたイメージが、ダンスのシーンをつくるにあたって予想以上に大きな助けになりました。演出家が出来る限り事前に作品について思考を深めておくことはやはりとても重要な事で、なおかつそれに囚われないで、稽古場でも目を凝らすことができれば、作品は非常に豊かなものになるということを今回のオペラ創作で学ばせて頂いている気がします。
今回のダンスパートの稽古は、まずダンサーの松尾さんにこちらのイメージを伝えるところから始まりました。しばらく意見を出し合って落としどころを見つけたあと、松尾さんに振り付けをお任せしてワンシーン創ってもらい、それを私が見て演出をつける、ということをひたすら繰り返しました。松尾さんは、ゼロベースで踊ることのできる身体を持っているダンサーで、また、振り付けをする時も、そこに対するこだわりがとても強い方だと思います。今はまだ音楽とダンスがそれぞれ別れてリハーサルをしていますが、この後合同のリハーサルを重ねていく予定です。そこにお客様がいらして、全てを合わせる本番が今から待ち遠しくてたまりません。

増田:通常のオペラに比べて小規模なスタッフでつくりあげる今回の公演は、舞台、照明、衣装、演出、演奏家がそれぞれのセクションで能動的に創作しています。それらがひとつになったときにどのような表現が生まれるのかとても楽しみですし、ぜひこの機会を共有していただきたいと思います。

「ひとでなしの恋」あらすじ

物憂げな美青年の門野に嫁入りし、周囲から祝福と羨望のまなざしを受けた19歳の京子。しかし結婚から半年たち、門野の愛情に疑問を抱きはじめた京子は夜な夜な外出する夫の後をつけるようになる。ある日、とうとう蔵の二階から夫と愛人の睦言が聞こえてくる。嫉妬にかられた京子は夫の目を盗んで蔵の中へと忍び込むが、そこには愛人はおろか人がいた痕跡すら見あたらなかった。果たして夫の愛人とは……

KAC Performing Arts Program 2014 / Music 若手作曲家シリーズ3 増田真結×山口茜 モノオペラ「ひとでなしの恋」 公演情報

京都芸術センターが主催する音楽事業KAC Performing Arts Program / Musicでは、講堂や教室など小学校の面影を残す独特な空間を効果的に用い、音楽ホールよりも身近で濃密な音楽体験の場をつくり出すことを目指してきました。今年度は、京都の音楽シーンをさらに盛り上げるべく3人の若手作曲家に焦点を当てます。第1弾の原摩利彦、第2弾の安野太郎につづいて、今回は増田真結と山口茜に注目します。
日時:2014年12月20日 (土) 17:30開場(17:00受付開始) 18:00開演
会場:京都芸術センター 講堂
作曲:増田真結(作曲家)
脚本・演出:山口茜(劇作家、演出家)
出演:藤木大地(カウンターテナー)、松尾恵美(ダンス)
演奏:中川佳代子(箏・地歌三絃)、中村圭介(ピアノ)、上中あさみ(打楽器)

http://hitodenashi.com/ 「ひとでなしの覚え書き」

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増田真結|MASUDA Mayu

1981年生まれ。京都市立芸術大学卒業(音楽学部賞、京都音楽協会賞)、及び同大学院音楽研究科修士課程修了(大学院賞)。大学からの派遣によりドイツ・ブレーメン芸術大学へ交換留学。京都市立芸術大学大学院音楽研究科博士(後期)課程を修了。博士論文「箏唄の作曲手法―古代歌曲の古楽譜の解釈と音律研究と起点として」により博士号(音楽)取得。近年は音律と種々の「うた」を中心に創作を続けている。第10回東京国際室内楽コンクール第3位入賞、第23回現音作曲新人賞受賞、第15回及び第18回奏楽堂日本歌曲コンクール作曲部門一般の部第2位入賞、第78回日本音楽コンクール作曲部門入選。ドイツSyke市における、音を使ったインスタレーションの展覧会 〈Klanginstallation〉に作品を招待出品。日本の音楽創作の研究・普及団体であるJCMR Kyotoの一員として、平成25年度京都市芸術文化特別奨励者に認定。神戸女学院大学、京都市立芸術大学非常勤講師。

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山口茜|YAMAGUCHI Akane

劇作家、演出家。第10回OMS戯曲賞大賞、若手演出家コンクール2006最優秀賞、2007年-2009年文化庁新進芸術家海外留学制度研修員としてフィンランドに滞在。文化庁芸術祭新人賞、龍谷新人賞を受賞。主な劇作、演出作品にトリコ・A演劇公演2013「つきのないよる」(出演=村木よし子|劇団☆新感線)、主なテキスト提供作品に、京都芸術センター10周年記念「式典」(演出=三浦 基)、瀬戸内国際芸術祭参加 作品/南 果歩×小野寺修二「人魚姫」(演出=小野寺修二)、カンパニーデラシネラ「赤い靴」(演出=小野寺修二、出演=片桐はいり他)など。アトリエ劇研アソシエイトアーティスト(2015年-2017年)、龍谷大学非常勤講師。

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