[for KIDS Column]美術と音楽が、共存するところ

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美術と音楽が、共存するところ


渡辺 亮


はじめに
「美術」と「音楽」、この二つは学校では別々の教科です。そのため、この二つはよく比べられて話されるようです。「どちらも好き!」という子どもたちはもちろん多いのですが、「美術は好きだけど、音楽はちょっと、、、」(またその逆も)、「音楽を聴いているのは好きだけど、楽器演奏や歌うのは苦手、、」「絵は描くのは苦手、工作ならいいけど」という声も聞いたこともあります。

「美術」と「音楽」には、それぞれどのような特徴、また相違点、共通点があるのでしょう?

学校の授業で考えてみると、主要教科以外となりますので、勉強というよりは、鑑賞や制作によって文化的な視野を広げる教科、と言えるでしょうし、表現などの無形の文化を育成する時間、場でもあります。子どもたちに聞いてみると、イメージ的なところでは、「美術」はひとりで作るもので「音楽」はみんなで合奏したり合唱して楽しむもの、「美術」は静かで「音楽」は賑やか、発表する場は「美術」は展覧会で「音楽」はコンサート等々、いろいろな意見が出てくると思います。そしてまた、得意不得意という意識を持ってしまいがちな教科となっているのも確かです。採点や評価が必要な教科である以上、それは仕方のないことではありますが、どちらも楽しく体験してみることが大切という共通点があるのにと思い、いっそのこと美術と音楽が共存できて楽しめる空間があってもいいのではないか、と考えたのです。
今回のコラムでは、2024年1月~3月に京都芸術センターで行った明倫ワークショップ、美術と音楽が共存できるプログラム「SOUND FOREST」から、写真を交えてその時の様子を少し紹介してみたいと思います。


●「美術と音楽」が、共存するところ
「美術」と「音楽」が共存する空間、それは非日常的な、でも居心地がよく、且つ創作意欲が湧く空間ということがイメージにありました。そして「ワクワクする」感じや「好きなこと」に熱中できる空間は、子どもたちによっても千差万別ではあると思いますが、その気持ちを自然に表現することのできるアトリエ(制作室)の役目を担っている場所が適している、と考えました。使用する画材にしろ楽器は、たくさんあるものから準備していくわけですが、自分が体験してきたもの、使い勝手が分かっているもの中から選びました。

「美術と音楽」で、表現するテーマを決める
私の場合は「森」(SOUND FOREST)と決めました。その理由には一つの思い出があります。30年前になりますが、千葉県の公園の時報のために、5つのパートを持つ音楽を作りました。依頼の内容が時報でしたので、音楽というよりも音そのものによる効果音のような役割を持ったものでしたが、その時にスケッチを描いてから音を起こすという、今まさにやっていることの原点のような音源を作った経験がありました。また「森」は、たくさんの生き物が共存する大きな場所、というイメージを感じていました。背景となる「森」の中に、たくさんの生き物を存在させることを「美術と音楽」で表現することができるのではないかと思いました。そして「森」という一つのテーマを持てば、今後もその中にいろいろな要素を組み込んで行ける可能性も感じました。



●「美術」の側面から「森」をテーマに、表現してみる
画材は、アクリル絵の具は衣服などを汚してしまうリスクは高いのですが、パネル状の板に描いて、さらに長期の保存に耐えるという点から使用しました。絵の具が乾くのも速く、発色がいいのも特徴です。また筆は使わず、ペインティングナイフ、パレットナイフと呼ばれる、金属製のヘラ状のものを使います。ちょうどパンにバターやジャムをつけて伸ばすときに使うバターナイフのような使い方で、絵の具を塗って描いたり、引っ掻くように線を描くことができます。上手く描くというよりは、偶然できて行く色や形を楽しめることから用いました。



いろいろな場所で回を重ねる事によってパネルの森の数が増え大きくなり、そこがひとつの舞台となってコンサートが開催される時、その森の絵は舞台の背景となって行くのではないかと思っています。具象的に抽象的にいろいろな角度から描かれた絵は、一枚一枚にたくさんの子どもたちの気持ちが込められた風景となり、並べ替える事によってまた偶然に出来上がって行く新しい世界が、新鮮な美しさを作り出して行くことでしょう。

みんなで描く絵と別に、個人の絵も描きます。こちらの絵は額装して持ち帰ることができます。





●「音楽」の側面から「森」をテーマに、表現してみる
楽器は、打楽器を多く揃えました。打楽器は初めて触ってもすぐに音が出るということ、合奏する時もリズムを振り分けていくことによって楽しさが伝えやすい、などが理由です。また美術の一環として「楽器作り」を加えていく場合、打楽器は作ることが可能な種類も豊富ということがありました。また、演奏方法もシンプルで、叩いて演奏するもの、振って演奏するもの、擦って演奏するもの、など初めて楽器を手に取っても短時間で演奏の仕方を習得できるという利点もあります。音のセッションを続ける中で、偶然できて行くアンサンブルを楽しみます。



創作楽器には、塩化ビニール管を組み立てる楽器などがありますが、繋いでいくことによって異なる音程になりますので、二本以上で演奏すると予期せぬ音階やアンサンブルが生まれます。また、プラレールを繋いでいく感覚に近いのか、造形的な面からこの楽器を楽しむ子どもたちもいます。また、船舶や工場などで使用されることの多かった「伝声管」の効果もあり、親子で楽しむ微笑ましい光景も見受けられ、人気が高い楽器です。その他にも、ペットボトルにBB弾を入れたシェイカーや、木の板を並べた木琴、木製の箱の打楽器カホン等の手作り楽器も取り入れています。



リズムや旋律に関しても、楽譜から離れて、音そのものを一つのピースとして考えた場合、無数とあるリズムの組み合わせは立体的ですし、重ね合わされた旋律は時には絵画のような色彩を放ち、音楽が持つ音のダイナミクスや、感情を重厚に表現された演奏は、彫刻作品をも思い起こさせる時もあります。しかしこの美術と音楽の表現に関する例えは、決してこじつけでもなく、両極のことでもなく、いや、もうこの時点で、幸せなことに、双方の境界線すらなくなってしまっている気がするのです。


京都府民ホールアルティでの演奏の様子


●「美術と音楽」で「森」をテーマに、空間・時間を作る
「美術と音楽」で空間、時間を作って行くということは、部屋全体を一つの大きな空間、ステージと考えるとわかりやすくなります。これは実に楽しいワクワクする「美術と音楽」の共同作業の始まりでしょう。絵や楽器の配置も大きな意味合いを持ってきます。出来上がった作品を美しく配置することは、美術として大切な空間を作ることになりますし、音楽は音を発する事で(無音の状態も含みます)表現される時間を担当することとなります。ある程度の決まり事を何度か練習したり、時には即興的な展開を委ねたりと、展開する方法を模索しながら、オリジナルな楽曲を作って行くということは、同じものは二つとない作品を、自分たちで演奏して体験する貴重な時間を作ると言えます。




「美術と音楽」を、楽しみましょう!

ここまでの経緯を考えると、「美術と音楽」はみんなの感性が表現という力を借りて作品となったもので、最終的には、展覧会またはコンサートとして発表されるべきものだと思います。制作者である皆さんにも、鑑賞者として来ていただいた皆さんにも、共に楽しむ時間と言えます。制作する楽しみ、発表する楽しみ、鑑賞する楽しみ、この少しばかりの緊張とやり遂げた達成感は、本来順位などが付けられるものではありませんし、やはり制作したものは多くの方に鑑賞していただき感想も知りたいところです。制作の過程から発表までの過程が楽しめることこそが、みんなの「美術と音楽」ではないでしょうか。

Let’s enjoy!



展覧会にて
皆で描いたパネルは私が保管していますが、個人で描いた絵は、額装して持ち帰ることができるようにしています。その後のお便りなどから、自分の机の上や玄関などに飾っています、という話を聞くと、単にその日の想い出だけでは無く、皆で描いた森の風景の中から、鉢植えにした樹々や植物を、各家庭に持ち帰ってくれたような気がします。そして、それらはまた皆の家族の方の目を通して光合成を行い、さらには発芽するのではないかと想像を膨らませたりしています。



子どもたちが絵を描く時に流していたCDは、「Wallace Line」という1994年に制作した、私のジャングルをテーマにしたソロ・アルバムです。2024年が制作してからちょうど30周年に当たりました。アルバムが発表された時の1994年のライブの様子は、東京青山にあった「こどもの城」の造形スタジオの有福一昭さんの文章と写真によって、美術手帖(2001年3月号)の特集「日本の美術と教育」に掲載していただきました。また3年後には、ジャングルに生息する生き物をテーマにした2枚目のアルバム「Morpho」も制作しました。あれから30年の間には、いろいろな形を変えたワークショップを各地で行って来ました。子どもたちの生活の中の環境や機器(スマホやパソコン等)の進化から、制作する方法自体が、素晴らしい発展を遂げていることは目の当たりに感じています。今回、このコラムに挙げた内容は、そんな時代に逆行するようなアナログな提案かもしれませんが、子どもたちの自然な発想そのものには、時代の流れとは関係なく、いつも驚かされています。

〔本文中の写真〕撮影:こもりきよし

https://www.ryo-watanabe.com/scrao-book.html


Photo:MASAHIRO IIDA

渡辺 亮 パーカッショニスト
1958年神戸市生まれ、武蔵野美術大学卒業。在学中よりブラジルのパーカッションや創作楽器を使って演奏活動を始め、数々のレコーディング、コンサートに参加。東京青山「こどもの城」講師(1988ー2015)東京学芸大学非常勤講師(2001ー2024)、佐渡「鼓童」アースセレブレーション、いわき芸術文化交流館アリオス、横浜美術館、国立民族学博物館など、全国でパーカッションのワークショップを行なっている。現在京都に拠点を移して美術と音楽が共存できるプログラム「SOUND FOREST - 美術と音楽 -」を主宰している。
http://www.ryo-watanabe.com


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