[for_KIDS 美術鑑賞編]日常とつながるアート

このコラムでは、子どもと一緒にどのようにアートに触れていくことができるのか、また、その体験は子どもや親にとってどのような出来事なのかをさぐるべく、子育て中の学芸員・長尾衣里子さんに、ご自身の体験を通して得たひとつの解釈・提案を紹介していただきます。

「学芸員」は、作品や芸術家、その歴史などについて研究し、作品を収集・保存・展示することで、アートについて学び・知る場を美術館につくりだすお仕事です。そんな学芸員さんは、日常の中でどのようにアートと過ごし、家族とその時間や経験を共有しているのでしょうか。

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日常とつながるアート


長尾衣里子


はじめに
 「同じじゃない。違う!」
 美術館でアーバン・アートの展覧会を鑑賞した時のことです。覆面アーティストとして国際的に知られる、バンクシーの巨大な油絵作品《その椅子使ってますか?》(2005年)〔写真①〕を見て、3歳の息子が言いました。実は、この絵画の元ネタとなる20世紀を代表するアメリカの画家、 エドワード・ホッパーの 《ナイトホークス》(1942年) の複製画が自宅に置いてあります1。私が「この絵、家にあるのと同じだね?」と言うと息子は「違う!」と強く言い、じっと見ていました。帰宅後複製画を見ながら「今日美術館で見た絵と違った?」と聞くと「(うなずいて)同じじゃない。(絵を指さして)破れていた。なんで?」と、答えました。たしかに、両作品には大きなガラス窓のあるカフェが描かれていますが、《その椅子使ってますか?》のガラスは打ち砕かれ、大きくひび割れています。


〔写真①〕バンクシー《その椅子使ってますか?》(2005年)

 さらに、この展覧会で息子の目に留まる作品が他に2点ありました。バンクシーの《パレスチナの壁》(2018年)〔写真②〕と、世界中の都市の壁にピクセルアート2を制作する インベーダーの《アルビノのルービック》(2009年)〔写真③〕です。前者は、イスラエルのヨルダン川西岸地区の分離壁にグラフィティを描いている様子をミニチュア模型化したものです。後者は、正方形に並べた36個のルービックキューブを透明のケース内に設置したカラフルな作品です。


〔写真②〕バンクシー《パレスチナの壁》(2018年)

 なぜ、息子はこれら3点の作品に興味を示したのでしょうか?実は、全て自宅にあるものとつながりがありました。《ナイトホークス》の複製画は、オリジナルを所蔵しているシカゴ美術館のミュージアムショップで私が購入したものです。生まれた時から身の回りにあるものの一つとして、息子は毎日この複製画に触れてきました。《パレスチナの壁》は、息子の大好きな工事現場で働く人々の様子と重なったようで、自宅にあるミニチュアの工事現場のフィギュアと似ていると教えてくれました。《アルビノのルービック》では、斜め横から見てルービックキューブを積み重ねていることに気が付き、自宅にあるものと同じだと認識したようです。
 このコラムでは、美術館の学芸員でもあり、幼児の母親でもあるという立場から、毎日どのように子どもとアートに接しているのか、そして美術館ではどのように子どもと作品を鑑賞しているのかといった、私たち家族の日常と美術館とのつながりについて紹介します。


〔写真③〕インベーダー《アルビノのルービック》(2009年)

 

日常で出会うアート
 毎晩寝る前に絵本の読み聞かせをしている親御さんは多いのではないでしょうか。我が家には、息子の大好きな “はたらく乗り物”の絵本が沢山あります。さらに私が趣味で集めているアートに関する絵本もあり、息子は日々それらの絵本もぱらぱらめくり、気になると「読んで!」とお願いしてきます。例えば、赤ちゃんの頃は、私が学生の時にルーヴル美術館で購入した絵本『Victoire s'entête』がお気に入りでした。ギリシア彫刻の傑作である《サモトラケのニケ》が「失った顔を探す一国のプリンセス」という設定のおとぎ話ですが、フランス語で書かれているので息子はもちろん私も読めません。そこで、勝手にストーリーをつくって一緒に楽しみました。次に気に入ったのは、1960年代のポップアートを代表するアーティスト、アンディ・ウォーホルの 『So Many Stars』 やキース・へリングの 『POP ART 123!』 といった絵で数に親しむ絵本、さらにアメリカ近代建築の巨匠であるフランク・ロイド・ライトの建造物のイラストで対義語を学ぶ絵本 『Opposites with Frank Lloyd Wright』 です。全てカラフルな絵本で、一緒に読んでいると元気が出てきます。最近は、さまざまな名画が紹介されている 『123s of ART』『ANIMALS in ART』『I Spy: An Alphabet in Art』 がお気に入りです。例えば『123s of ART』の中の数字の「2」を学ぶページには、ポスト印象派の画家、フィンセント・ファン・ゴッホの 《ファン・ゴッホの寝室》(1888年) が載っています。息子は数字を見て、描かれた「2脚の椅子」を指差し、自分の指で「2」を数えるやり方を覚えながら楽しんでいます。またこの作品を見るたびに「床、壊れそうだねえ」と息子は心配しています。
 そんな中、絵本に描かれたアートが息子の日常に変化をもたらす出来事がありました。20世紀を代表するフランスの巨匠、アンリ・マティスの絵本 『Henri’s Scissors』 がきっかけでした。マティスの晩年におけるカラフルな切り紙絵の制作にフォーカスを当てたお話です。ある日突然、息子が「読んで!」と言ってきました。何度も読む中で、もしかしたら折り紙に興味が出るかも?と思いつき、目の前で折り紙を折って、色を塗り「マティスおじいさんと一緒だね~!」と話しました。すると、絵本の話と現実が自然とつながったようで、それ以降「折り紙して」と言うようになり、今では折り紙で動植物や乗り物などをつくることが大好きです。さらに、保育園で色紙を切るお遊びがあり、それが気に入ったようで、切った色紙を沢山持って帰ってきて、嬉しそうに見せてくれます。このように、絵本を読むことから、実際に息子の遊びの世界が広がったのです。


美術館で出会うアート
 息子の美術館デビューは0歳の時、現代アートの展覧会でした。スイスを拠点に国際的に活躍する現代美術家、ピピロッティ・リストの個展です。おびただしい色の映像インスタレーションが刺激的だったのか、展示室全体が暗くて眠たかったのか、息子は最初から静かに鑑賞して、最後には寝入っていました。この成功体験に味を占めて、私たちは美術館へ一緒に出掛けるようになりました。けれども成長するにしたがって、息子は楽しむ時もあれば、退屈ですぐに泣きだしてしまう時もあります。その違いはなんだろう?と考えた時、息子は日頃から「同じものを探すことが大好き」だった!と閃きました。
 アンディ・ウォーホルの個展を美術館で見た時のことです。その頃、息子はパンダが大好きでした。衣服、食器やカトラリー、一緒に寝るぬいぐるみに至るまでパンダづくしだったので、「今こそ本物のパンダに会いに行く時だ!」と思い立ち、家族でアドベンチャーワールドへ行きました。本物のパンダに会えて大喜びした息子がその数か月後に訪ねたのが、この展覧会です。そこには、《絶滅危機種:ジャイアントパンダ》(1983年)〔写真④〕が展示されていました。描かれたパンダは白と黒のツートンカラーではなく、鮮やかな赤、ピンク、黄色でしたが、「パンちゃんだ!」と嬉しそうに駆け寄り、本物のパンダとの色の違いに不思議そうな顔をしながら見ていました。


〔写真④〕アンディ・ウォーホル《絶滅危機種:ジャイアントパンダ》(1983年)


 また、京都では夏に祇園祭があります。初めて息子と先祭にいった時に山鉾やお囃子が気に入ったようで、「また行く!」と言ってその年は後祭にも行きました。それ以来、祇園祭は息子のお気に入りイベントになりました。初夏になると我が家では、人間国宝であった稲垣稔次郎(いながきとしじろう)の型絵染による長刀鉾が描かれた作品《盛夏の行事(祇園祭)》(1959年頃)の絵葉書〔写真⑤〕を額に入れて飾るのですが、それを見て「祇園祭行く!」と息子は言います。実は、この絵葉書は、私が美術館の学芸員として担当した、稲垣稔次郎の特集展示の企画準備をしている際に入手したものです。このように、私自身が美術館を通して出会った芸術作品が、間接的に息子の日常である地元のお祭りとアートをつなげることもあります。


〔写真⑤〕稲垣稔次郎《盛夏の行事(祇園祭)》(1959年頃)

 バンクシーの作品をはじめ、こういった経験から、息子が日頃から慣れ親しんでいるものと「同じもの」が表現された作品だと、息子の目に自然と留まり、時には「間違い探し」が始まり、本人が自発的に鑑賞していることに気が付きました。


日常と美術館のつながり 
 我が家では「日常で出会うアート」と「美術館で出会うアート」はつながって存在しているものとしてアートに触れています。自宅にあるものが美術館にもある、その逆もしかり。「子どもと美術館へ行くのは少し敷居が高いなあ」と身構える親御さんもいらっしゃると思います。我が家の場合、「美術館へ行こうか?」と誘うと、大抵息子は「行く!」と即答しますが、それは美術館の広い庭と階段で遊ぶことが大好きだからです。そのため、「展覧会を見よう!」と言うと息子は身構えます。そこで私が試みているのは、無理のない範囲で毎日の生活にアートを取り入れ、同時に美術館で作品を鑑賞する時には毎日の生活を思い浮かべ、日常と美術館の垣根をなくすように心がけています。例えば、絵本の他には、ミュージアムショップなどで購入できる美術館の所蔵品が印刷された絵葉書を使っています。私は、1度に複数枚飾れるフレームにそれらの絵葉書を組み合わせて飾っています。気が向いた時に中身を変えています。ほぼ自身の楽しみのためにしていたことでしたが、ある日、息子が絵葉書をよく見ていることが判明しました。《ファン・ゴッホの寝室》を飾っていた時、息子が『123s of ART』の絵本を開いて「同じだよ!同じだよ!」と嬉しそうに教えてくれたのです。絵葉書を通して、いつのまにか息子の日常に絵画のイメージが浸透していました。
 また、子どもと作品鑑賞をしていると、実は親も学ぶことが多くあります。例えば、ウォーホルの《絶滅危機種:ジャイアントパンダ》を鑑賞した時のことです。タイトルにあるように、絶滅危機種の動物が描かれた作品です。ウォーホルは、1973年に採択されたワシントン条約が指定する絶滅の恐れのある野性動物に注目し、その中から10種に絞って「絶滅危機種シリーズ」を制作しました。これらの作品はニューヨークで展示され、環境問題への意識を高める募金活動のイベントで販売されたようです3 。息子のパンダ好きから注目した作品でしたが、親としても現在進行中である社会問題について考えさせられました。息子がパンダ好きではなかったらここまで注目して考えることはなかったと思います。
 芸術作品は、こう鑑賞すべきという既成概念のない子どもと同じ視点(我が家の今は、「同じもの探し」)に立つことで、親にも様々な発見や学習を促します。そして、このような鑑賞体験をもたらすことが、作品を通してさまざまな社会問題の根底を探る現代アートの役割でもあり、さらに芸術作品がもつ教育的側面なのだと思います。


おわりに
 芸術鑑賞における教育とはなんでしょうか。それは、「教える」ではなく、共に考える、即ち「共有」し互いに学ぶことではないでしょうか。
 その一つの方法として、日常の中に美術館や芸術作品を組み込み、子どもの好奇心を高めることがあると思います。実は、マティスの切り紙絵やウォーホルのパンダ、また稲垣の祇園祭をはじめ、名品と呼ばれるほとんどの芸術作品は作家の日常の中にあるものや事象をモチーフやテーマにして制作されています。それゆえ、日常に溶け込みやすく、共感を得やすいという特徴を持っています。さらに、京都市京セラ美術館をはじめ、世界の多くの美術館は、誰もが訪れることのできる一般に開かれた公の施設です。
 私は、学芸員として、また母親として、このような特性を活かして、美術館や芸術作品がもっと日常のものとなることで、さらに多くの学びを得られるようになり、親子が互いに新発見をするという鑑賞体験の好循環を生み出せるのではないかと考えています。そしてこれこそ、親子で美術館に出かける、また芸術作品を鑑賞する醍醐味の一つではないでしょうか。


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1 《その椅子使ってますか?》(2005年)は、《ナイトホークス》(1942年)をオマージュしたものである。前者は、後者の2倍以上の大きさで、上部をトリミングしている。イギリス国旗の下着を履いた肥満気味のイギリス人男性が登場し、彼の側には2脚の椅子が転がっている。この男性は、一見礼儀正しく「椅子が空いているか」という質問をカフェにいる人々にしながらも、まるでフーリガンのように窓を割って入ろうとしている。美術史における名品を引用し、バンクシー自身の芸術的な立ち位置を模索していることを暗示した作品。

2 いわゆる「ドット絵」である。正方形に類する形をした大きさが等しいデジタル画像の最小単位(ピクセル)の集まりで構成されたビジュアルアートのこと。

3 「絶滅危機種」『アンディ・ウォーホル・キョウト』ソニー・ミュージックエンタテインメント、2022年、208-211頁。





長尾衣里子
京都市京都セラ美術館 学芸員。
武蔵野美術大学卒。ロンドンSotheby’s Institute of ArtにてContemporary Art修士課程を修了。2019年より京都市京セラ美術館の学芸員を務める。専門分野である現代アートの手法を用いて、主にコレクションの展示を企画・運営している。担当した主な展覧会は、「最初の一歩:コレクションの原点」(2020年)、「コレクションとの対話:6つの部屋」(宮永愛子・髙橋耕平の部屋を担当)(2021年)、「コレクションルーム秋期:特集 身体、装飾、ユーモラス」(2022年)、「コレクションルーム夏期:特集 人間国宝 稲垣稔次郎 -遊び心に触れて-」(2023年)など。


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